JOURNAL

「ほとばしるバッハ」

第2回 君の名は

文・飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

上段左より、"大バッハ" ヨハン・セバスティアン・バッハ、その次男カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ、その第11男ヨハン・クリスティアン・バッハ/下段左より、はとこのヨハン・ベルンハルト・バッハ、みいとこのヨハン・ルートヴィヒ・バッハ

 バッハは名高い音楽一家の出身だった。バッハ一族にはあの有名なヨハン・セバスティアン・バッハをはじめ、大勢のすぐれた音楽家がいた。だから、ヨハン・セバスティアン・バッハのことを「大バッハ」と呼んで、ほかのバッハと区別している。

 それはいい。黙ってバッハといえば大バッハ。問題は小バッハたち(そんな呼び方はないが)をどう区別するのか。なにしろバッハ一族には大バッハ以外にも成功した音楽家が何人もいて、しかも彼らの作品が現代まで残っているのだ。

 たとえば、大バッハ以外の出世頭と言えるのが、バッハの次男カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ。存命中の名声という点では大バッハすら上回っていた。ベルリンでフリードリヒ大王に仕え、後にハンブルクでテレマンの後任として楽長を務めた。

 ヨハン・クリスティアン・バッハはモーツァルトと親交を結んだ。大バッハの第11男(末子)である。ロンドンで成功を収めたことから「ロンドンのバッハ」と呼ばれる。少年時代のモーツァルトと会い、この神童に影響を与え、尊敬を勝ち得たのだから、その一点をとっても才能の証明と言える。

 こういった「バッハの息子たち」はまだわかりやすい。大バッハを起点に長男とか次男だとかいえば、それだけで判別できる。難儀なのはそれ以外のバッハたちである。

 あるとき、ヨハン・ベルンハルト・バッハの管弦楽組曲集が収められたCDを手にした。おお、バッハ一族には大バッハ以外にも管弦楽組曲を作曲したバッハがいたのか! で、このヨハン・ベルンハルトとは何者なのか。

 バッハの家系図を確かめよう。大バッハの父ヨハン・アンブロジウスの父、つまりバッハのお祖父さんにクリストフがいる。そのクリストフの兄弟ヨハンの孫がヨハン・ベルンハルト・バッハだ。つまり大バッハとヨハン・ベルンハルトは同じひいお祖父さんを持つ。別の言い方をするとお祖父さん同士が兄弟にあたる。この関係をなんと呼べばいいのかといえば、「はとこ」(またいとこ)ということになる。ヨハン・ベルンハルト・バッハは大バッハの「はとこ」だ。

 あるとき、ラジオを聴いていたら、ヨハン・ルートヴィヒ・バッハの曲が流れてきた。すてきな曲だ。大バッハはヨハン・ルートヴィヒのカンタータを写譜したというから、大バッハの目から見てもすぐれた作曲家だったにちがいない。

 では、ヨハン・ルートヴィヒ・バッハは大バッハから見てどういう続柄なのか。これも家系図を見て確認すると、先述の大バッハのお祖父さんクリストフのお父さんであるヨハンの兄弟のリプスのひ孫がヨハン・ルートヴィヒである。もう少しわかりやすく言うと、大バッハのひいお祖父さんと、ヨハン・ルートヴィヒのひいお祖父さんが兄弟なのだ。この関係をなんと呼べばいいのか。またまたいとこ? そんな言葉はないか。みいとこ(三従兄弟)という言葉があるようだが、なじみがない。

 まあ、一言でいえば「他人」か。

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