HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2017/12/23

ロッシーニに学ぶデキる男の仕事術
第3回 爆速仕事術編

文・飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)


 ロッシーニは速筆で知られている。

 前回記したように彼は早期リタイアしてしまったため、オペラ作曲家としての活動期間は短い。1810年のデビュー作《結婚手形》から1829年の最後のオペラ《ウィリアム・テル》までの19年間の間に、40作品近くものオペラを作曲している。平均で年に2作のペースだ。

 それだけでも十分に速筆だが、最盛期はさらに強烈だ。代表作であるオペラ《セビリアの理髪師》は約2週間ほどで書きあげられたという。容易には信じがたい速さである。

 ただし、いくら速いといっても、ロッシーニにも限界はある。〆切までに間に合いそうもないとなったら、ときには大技も使わなければならない。

 ずばり、コピペだ。たとえば、《セビリアの理髪師》の序曲はオーケストラのコンサートで現在も演奏される人気曲だが、これは前年に書いた《イングランドの女王エリザベッタ》の序曲を転用したものである。さらにいえば、元ネタの《イングランドの女王エリザベッタ》序曲も、旧作《パルミーラのアウレリアーノ》序曲からの流用だ。まさに「とってつけたような」序曲だが、「セビリアの理髪師」を聴いて序曲が本編から浮いているなどと感じ取れるものだろうか。むしろ本編への期待感を見事に煽る名序曲だとしか思えない。卓越したコピペ術とでもいうべきか。

(左から)《セビリアの理髪師》  《イングランドの女王エリザベッタ》  《パルミーラのアウレリアーノ》
いずれも序曲の冒頭部分

 曲の流用はこれだけではない。初期作品《デメトリオとポリビオ》の二重唱「この心はおまえに愛を誓う」や四重唱「シヴェーノよ、私に与えよ」はたびたび転用されたが、後者の四重唱について、スタンダールは「たとえロッシーニがこれ一曲しか書かなかったとしても、モーツァルトとチマローザは彼を自分に匹敵する才能と認めたであろう」といういくぶん微妙な賛辞を送っている。

 おいしいネタはなんどでも。コピペ上等。達人の域に達するにはそんな割り切りが必要なのかもしれない。

 しかしロッシーニにとってコピペバレは決して嬉しいものではなかったようだ。リコルディ社がロッシーニ全集を刊行した際、彼はこう述べたという。

 「あの出版には腹の虫が収まらない。おかげで私の全オペラが公衆の目にさらされ、同じ音楽が繰り返し使われているとわかってしまう。失敗作から最良の部分を取り出して、新しい作品にはめ込んで救い上げる権利が自分にはあるはず。それなのにどうだ、連中はぜんぶ生き返らせてしまった!」

 失敗が忘れてもらえず、ゾンビのように甦る。こぼすグチにも現代に通じる先駆性が感じられる。


ロッシーニに学ぶデキる男の仕事術
第1回 夢の早期リタイア編 |  第2回 グルメをきわめるセカンドライフ編 |  第3回 爆速仕事術編


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