HARUSAI JOURNAL春祭ジャーナル

春祭ジャーナル 2013/01/07

ワーグナー vs ヴェルディ 第2回「ベストカップルはだれだ?」

文・飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

 オペラではたくさんの愛が育まれる。憎しみや争いだけではドラマは成立しない。私たちは幸福そうな男女の姿に頬を緩ませ、未来への希望を仮託する。
 ワーグナーとヴェルディの作品でベストカップルといえるのはだれだろうか。
 ワーグナー作品で二人の相性がぴったりなのは「ワルキューレ」に登場するジークムントとジークリンデだ。なにしろ生き別れとなった双子なのだから、会った瞬間意気投合して不思議はない。ただし、重大な禁忌に触れている以上、日陰の存在にしかなりえないのが惜しい。
 トリスタンとイゾルデの二人は強力な愛の力で結ばれている。しかしこれは秘薬が取りもつ人為の愛。そもそもクスリの効用はどれだけ持続するのか。24時間なのか48時間なのか、あるいは朝・昼・晩の3回服用が必要なのか。ブランゲーネの処方箋が気になる。
 健全な二人の若い男女が結ばれるという点では、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のヴァルターとエヴァに及ぶ者はいない。終幕には感動的なハッピーエンドが用意される。だがしょせん二人は一目惚れの間柄。懐の深いハンス・ザックスを間近で見てきたエヴァが、はたしてあの無鉄砲なヴァルターに信頼を寄せられるだろうか。嫁と同時にポーグナー家の財産を手にしたヴァルターが、翌日からふらふらと浮世の享楽に溺れないとも限らない。
 むしろワーグナー作品では「実現しなかったカップル」こそ、ベストカップルに思える。ハンス・ザックスとエヴァ。思いやりのある暖かな家庭を築いたにちがいない。あるいはマルケ王とイゾルデ。イゾルデが秘薬など飲まなければ、早々に世継ぎも誕生し、コーンウォールはアイルランドと和平を結び、誇り高く寛大な王のもとにいっそう栄えただろう。
 ヴェルディ作品のベストカップルにも似たような事情がある。ラダメスとアイーダ。この二人は文句のつけようがないベストカップルである。片や司令官として有能なエジプトの英雄。片やエチオピアの王女。血筋はよく、天賦の才に恵まれた子が生まれておかしくない。二人をうまく利用すれば、エジプトとエチオピアはともに繁栄を謳歌できたかもしれないというのに、あのエジプト王と来たら......。
 幸せな二人とは、存在しえなかった二人。理想のカップルのサバイバルは難しい。

第1回「オペラの死に様」 | 第2回「ベストカップルはだれだ?」 |  第3回「親の顔が見たい」 | 
第4回「おまえはもう死んでいる」 | 第5回「長いものには巻かれたい」

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