東京・春・音楽祭
Spring Festival in Tokyo
東京春祭マラソン・コンサート vol.10
Tokyo-HARUSAI Marathon Concert vol.10
东京・春・音乐节 马拉松音乐会 vol.10
ベートーヴェンとウィーン
Beethoven and Vienna
贝多芬与维也纳
生誕250年によせて
Celebrating the 250th Anniversary of Beethoven's Birth
诞辰250周年纪念
プログラム詳細
Detail
■日時・会場
2020/3/29 [日]
第I部 11:00
第II部 13:00
第III部 15:00
第IV部 17:00
第V部 19:00
[各回約60分]
企画構成/お話:小宮正安(ヨーロッパ文化史研究家/横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院教授)
【第Ⅰ部】11:00開演(10:45開場)
ベートーヴェンと革命思想のウィーン
フランス革命やナポレオンの台頭等、ベートーヴェンの生涯を密接に彩る変革の時代。フランスと深い関係にあったオーストリアの帝都ウィーンで、革命思想はどのような道のりを辿ったのでしょうか?
■出演
ソプラノ:冨平安希子、渡邊仁美
メゾ・ソプラノ:小林由佳
テノール:鈴木 准、芹澤佳通
バリトン:藪内俊弥
二期会合唱団
ソプラノ:田貝沙織、高橋広奈
アルト:喜田美紀、人見珠代
テノール:木下 進、園山正孝
バス:杉浦隆大、田中夕也
ピアノ:北村朋幹、津田裕也、三ッ石潤司
■曲目
ベートーヴェン(チェルニー編): 序曲《レオノーレ》 第1番 op.138
ベートーヴェン:歌劇《レオノーレ》より「おお・・・なんという闇だ ここは!」
ケルビーニ(ミュラー編):歌劇《ファニスカ》より「なんと恐ろしい場所!」
ベートーヴェン(ライネッケ編):《皇帝ヨーゼフ2世への追悼カンタータ》より
「その時人々は光の中に立ち上がった」
モーゼル(モシュレス編):歌劇《ザーレム》序曲
ベートーヴェン:ミサ曲 ハ長調 op.86 より Agnus Dei(ピアノ伴奏版)
【第Ⅱ部】13:00開演(12:45開場)
ベートーヴェンと皇侯貴族のウィーン
熱烈な共和主義者のイメージとは反対に、崇拝の念を払ってくれる特権階級に対しては深い信頼関係を築いたベートーヴェン。ウィーンに縁の皇侯貴族は、彼とどのような交流をおこなったのでしょうか?
■出演
ヴァイオリン:南 紫音、依田真宣、戸上眞里
ヴィオラ:中村洋乃理
チェロ:加藤陽子
ピアノ:北村朋幹、津田裕也
■曲目
ベートーヴェン(モシュレス編):歌劇《フィデリオ》 序曲
ルドルフ大公:ヴァイオリン伴奏付きのピアノ・ソナタより
メデリッチュ:弦楽四重奏のための幻想曲
ベートーヴェン:ヴァルトシュタイン伯爵の主題による8つの変奏曲 ハ長調
ガリツィン(シマノフスカ編):ロマンス
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第9番 ハ長調 op.59-3 《ラズモフスキー第3番》より 第3楽章、第4楽章
【第Ⅲ部】15:00開演(14:45開場)
ベートーヴェンと楽友協会のウィーン
階級を問わず、音楽を愛する全ての人のために創設され、「音楽の都ウィーン」にとって不可欠の存在となった楽友協会。1812年に産声をあげた同協会は、ベートーヴェンとどのような関係を築いたのでしょうか?
■出演
ヴァイオリン:依田真宣
チェロ:加藤陽子
コントラバス:幣 隆太朗
フルート:神田勇哉
テノール:鈴木 准
二期会合唱団
ソプラノ:田貝沙織、高橋広奈
アルト:喜田美紀、人見珠代
テノール:木下 進、園山正孝
バス:杉浦隆大、田中夕也
ピアノ:北村朋幹、津田裕也、三ッ石潤司
■曲目
ベートーヴェン:序曲《コリオラン》 op.62
ヘンデル(モーツァルト編):オラトリオ《アレクサンダーの饗宴》より「響け、黄金の弦よ」
ベートーヴェン(ライネッケ編):オラトリオ《オリーブ山のキリスト》より「ハレルヤ」
ハウシュカ:コントラバス伴奏付きの3つのチェロ・ソナタ より 第2番
ゾンライトナー:ピアノのための12のワルツ
ベートーヴェン(フンメル編):交響曲 第5番 ハ短調 op.67 《運命》 より 第3楽章、第4楽章
【第Ⅳ部】17:00開演(16:45開場)
ベートーヴェンと祝祭会議のウィーン
ナポレオンの失脚後、戦争の不安から解き放たれた祝祭的雰囲気の中、ヨーロッパに秩序をもたらすべく開かれたウィーン会議。時代の転換は、ベートーヴェンの創作にどのような影響を及ぼしたのでしょうか?
■出演
ヴァイオリン:南 紫音
ソプラノ:渡邊仁美
テノール:鈴木 准
バリトン:藪内俊弥
二期会合唱団
ソプラノ:田貝沙織、高橋広奈
アルト:喜田美紀、人見珠代
テノール:木下 進、園山正孝
バス:杉浦隆大、田中夕也
ピアノ:北村朋幹、津田裕也、三ッ石潤司
/他
■曲目
フンメル:歌芝居《良き報せ》序曲
シュタルケ:平和祝典 より
ベートーヴェン:ポロネーズ
ベートーヴェン、フンメル、モーツァルト、ギロヴェッツ、ヴァイグル、ウムラウフ、カンネ(共作):歌芝居 《良き報せ》
【第Ⅴ部】19:00開演(18:45開場)
ベートーヴェンと保守反動のウィーン
ウィーン会議の後、保守反動政治の牙城と化したウィーン。若き日に様々な変革の波を体験し、新時代の音楽家であることを自他ともに認めていたベートーヴェンは、この「冬の時代」をいかに生きたのでしょうか?
■出演
ヴァイオリン:南 紫音、依田真宣、戸上眞里
ヴィオラ:中村洋乃理
チェロ:加藤陽子
ソプラノ:冨平安希子、渡邊仁美
メゾ・ソプラノ:小林由佳
テノール:鈴木 准
バリトン:藪内俊弥
二期会合唱団
ソプラノ:田貝沙織、高橋広奈
アルト:喜田美紀、人見珠代
テノール:木下 進、園山正孝
バス:杉浦隆大、田中夕也
ピアノ:北村朋幹、津田裕也、三ッ石潤司
■曲目
ベートーヴェン(チェルニー編):《献堂式序曲》 op.124
ロッシーニ:歌劇《ゼルミーラ》より「キューピットがミルテの冠を編んで」
シューベルト:歓喜に寄せて D189
ライヒャルト:歓喜に寄せて
シュパンツィッヒ:弦楽四重奏伴奏付きのヴァイオリン独奏曲
ベートーヴェン(チェルニー編):交響曲 第9番 ニ短調 op.125 《合唱付き》 より 第4楽章
※室内楽版にて演奏予定。
■Date / Place
March 29 [Sun.]
Part I at 11:00
Part II at 13:00
Part III at 15:00
Part IV at 17:00
Part V at 19:00
[about 60 min.]
Tokyo Bunka Kaikan Recital Hall
Program Planner/Navigator:Masayasu Komiya(Cultural historian of Europe / Professor at Institute of Urban Innovation, Yokohama)
Part I
■Cast
Soprano:Akiko Tomihira,Hitomi Watanabe
Mezzo Soprano:Yuka Kobayashi
Tenor:Jun Suzuki,Yoshimichi Serizawa
Baritone:Toshiya Yabuuchi
Nikikai Chorus Group
Soprano:Saori Tagai,Hirona Takahashi
Alto:Miki Kita,Tamayo Hitomi
Tenor:Susumu Kinoshita,Masataka Sonoyama
Bass:Takahiro Sugiura,Yuya Tanaka
Piano:Tomoki Kitamura,Yuya Tsuda,Junji Mitsuishi
■Program
Beethoven(1770-1827)(arr. by Czerny):”Leonore” Overture No.1 op.138
Beethoven:”Gott! Welch Dunkel hier!”(”Leonore”)
Cherubini(1760-1842)(arr. by Mueller):”Qual orribil soggiono!” (“Faniska”)
Beethoven(arr. by Reinecke):”Die stiegen die Menschen an’s Licht” (“Kantate auf den Tod Kaiser Josephs II.” WoO 87)
Mosel(1772-1844)(arr. by Moscheles):”Salem” Overture
Beethoven:Agnus Dei (“Missa in C major” op.86)
Part II
■Cast
Violin:Shion Minami,Masanobu Yoda,Mari Togami
Viola:Hironori Nakamura
Cello:Yoko Kato
Piano:Tomoki Kitamura,Yuya Tsuda
■Program
Beethoven(1770-1827)(arr. by Moscheles):”Fidelio”Overture(Solo Piano)
Archduke Rudolf of Austria(1788-1831):Piano Sonata with Violin
Mederitsch(1752-1835):Fantasia for String Quartet
Beethoven:8 variations on a theme by Count Waldstein in C major WoO.67
Galitzine(1795-1866)(arr. by Szymanowska):Romance
Beethoven:String Quartet No.9 in C major op.59-3 “Rasumowsky No.3” – 3rd. mov. & 4th. mov.
Part III
■Cast
Violin:Masanobu Yoda
Cello:Yoko Kato
Contrabass:Ryutaro Hei
Flute:Yuya Kanda
Tenor:Jun Suzuki
Nikikai Chorus Group
Soprano:Saori Tagai,Hirona Takahashi
Alto:Miki Kita,Tamayo Hitomi
Tenor:Susumu Kinoshita,Masataka Sonoyama
Bass:Takahiro Sugiura,Yuya Tanaka
Piano:Tomoki Kitamura,Yuya Tsuda,Junji Mitsuishi
■Program
Beethoven(1770-1827):”Coriolan” Overture op.62 (Piano with 4 Hands Version)
Handel(1685-1759)(arr. by Mozart):”Erschalle, goldenes Saitenspiel” (“Alexander’s feast”)
Beethoven(arr. by Reinecke):Hallelujah(”Christus am Ölberge” op.85)
Hauschka(1766-1840):Cello Sonata with Double Bass No.2
Sonnleithner(1766-1835):12 waltzes for Piano
Beethoven(arr. by Hummel):Symphony No.5 in C minor op.67 – 3rd. mov. & 4th.mov.
Part IV
■Cast
Violin:Shion Minami
Soprano:Hitomi Watanabe
Tenor:Jun Suzuki
Baritone:Toshiya Yabuuchi
Nikikai Chorus Group
Soprano:Saori Tagai,Hirona Takahashi
Alto:Miki Kita,Tamayo Hitomi
Tenor:Susumu Kinoshita,Masataka Sonoyama
Bass:Takahiro Sugiura,Yuya Tanaka
Piano:Tomoki Kitamura、Yuya Tsuda,Junji Mitsuishi
■Program
Hummele(1778-1837):”Die gute Nachricht” Overture
Starke(1774-1835):”Weihe des Friedens”
Beethoven(1770-1827):Polonaise
Beethoven, etc.:”Die gute Nachricht”
Part V
■Cast
Violin:Shion Minami,Masanobu Yoda,Mari Togami
Viola:Hironori Nakamura
Cello:Yoko Kato
Soprano:Akiko Tomihira,Hitomi Watanabe
Mezzo Soprano:Yuka Kobayashi
Tenor:Jun Suzuki
Baritone:Toshiya Yabuuchi
Nikikai Chorus Group
Soprano:Saori Tagai,Hirona Takahashi
Alto:Miki Kita,Tamayo Hitomi
Tenor:Susumu Kinoshita,Masataka Sonoyama
Bass:Takahiro Sugiura,Yuya Tanaka
Piano:Tomoki Kitamura,Yuya Tsuda,Junji Mitsuishi
■Program
Beethoven(1770-1827)(arr. by Czerny):”Die Weihe des Hauses Overture” op.124
Rossini(1792-1868):”S’intessano gli allori di mitri di cupido” (Zelmira)
Schubert(1797-1828):An die Freude D189
Reichardt(1752-1814):An die Freude
Schuppanzigh(1776–1830):Violin solo with String Quartet
Beethoven(arr. by Czerny):Symphony No.9 in D minor op.125 “Choral” – 4th. mov.
チケット情報
Ticket
公演中止に伴い払戻しを承ります。詳細は「払戻しに関するご案内」をご参照の上、お手続きくださいます様、お願い申し上げます。
曲目解説
Song Commentary
東京春祭マラソン・コンサート vol.10 ベートーヴェンとウィーン 生誕250年によせて
第1部 ベートーヴェンと革命思想のウィーン
フランス革命やナポレオンの台頭等、ベートーヴェンの生涯を密接に彩る変革の時代。フランスと深い関係にあったオーストリアの帝都ウィーンで、革命思想はどのような道のりを辿ったのでしょうか?
ベートーヴェン(1770‐1827)が「自由・平等・友愛」を謳い上げるフランス革命の思想に傾倒していたのは有名な話だ。その大きな結晶といえるのが、政敵に幽閉されていたヒーローをその妻が命がけで救出するフランス発祥の物語に基づいた歌劇《レオノーレ》。1805年に完成初演されたものの、興行的な失敗を受けて再演の機会を狙っていたベートーヴェンが、おそらく1807年に当作品の序曲として作ったのが序曲《レオノーレ》第1番である。囚われの主人公が地下牢の中で歌うアリア「おお……なんという闇だ、ここは!」に登場する旋律等を用いながら、歌劇を彷彿させる内容となっている。
なお、劇的な救出のストーリーを歌劇に取り入れるのは、当時の流行でもあった。ベートーヴェンが尊敬していたイタリア出身の作曲家ケルビーニ(1760‐1842)の歌劇《ファニスカ》もその1つ。1805年にウィーンを訪れていた彼が、《レオノーレ》の台本作者でもあるゾンライトナー(1766‐1835)作のテキストに基づいて1806年に発表したもので、ベートーヴェン自身から高く称賛されている。こちらは、無実の罪で幽閉されたヒロインが、危機一髪のところで救出されるという内容になっている。あるいは、ベートーヴェンと交友のあったモーゼル(1772‐1844)が1813年に完成させた歌劇《ザーレム》も、理想の実現のために闘う悲劇的な主人公が題材だ。
このように、ベートーヴェンの生きた時代には、彼を含め多くの音楽家が、変革の時代に大きな関心を寄せ、それを作品の中に反映させていった。ただしベートーヴェン自身としては、徳のある指導者の下、勃興を遂げつつあった市民階級にも様々な権利が与えられるような社会を理想としていた節がある。まだボン時代の1790年、啓蒙専制君主として名高いオーストリア・ハプスブルク家の当主皇帝ヨーゼフ2世(1741‐90)が亡くなると、ベートーヴェンは《皇帝ヨーゼフ2世への追悼カンタータ》を書き、啓蒙主義改革の終焉を悼んでいる。
そうした指導者の姿を、ベートーヴェンは次にナポレオン(1769‐1821)へ求めようとしたのかもしれない。にもかかわらず、ナポレオンが1804年にフランス皇帝に即位したり、1805年および09年にウィーンを軍事占領したりするに及び、彼への熱狂は逆に失望に変わったと言われている。それでも、ベートーヴェンは1807年に完成させた《ミサ曲 ハ長調》の献呈先を、一時はナポレオンにしようと考えたことすらあった。ナポレオンに対する複雑な想いが見て取れるエピソードに他ならない。
第2部 ベートーヴェンと皇侯貴族のウィーン
熱烈な共和主義者のイメージとは反対に、崇拝の念を払ってくれる特権階級に対しては深い信頼関係を築いたベートーヴェン。ウィーンに縁の皇侯貴族は、彼とどのような交流をおこなったのでしょうか?
1814年、ベートーヴェン(1770‐1827)は、しばしお蔵入りとなっていた歌劇《レオノーレ》を大改訂し、歌劇《フィデリオ》として再上演する。序曲からして、《レオノーレ》のように暗から明へ至る劇的なものではなく、きわめて祝祭的な1曲に書き換えた。劇の大詰めでも、《レオノーレ》に比べると、徳のある君主の命を受けて世界に善をもたらす使者=貴族の位を持つ大臣の存在がクローズアップされる。
このようにベートーヴェンは、貴族社会の転覆を願う共和主義者ではなかった。むしろ徳のある貴族の下で、特権階級と市民階級が共存できる社会を理想としていた。だからこそ彼は、自分に協力的な貴族に対しては友好的だった。逆にベートーヴェンの才能に感じ入った貴族たちも、市民階級の出にすぎない彼に対し、熱烈な敬愛の念を示した。
そのような貴族の代表格に、「ヴァイオリン伴奏付きのピアノ・ソナタ」を作曲したルドルフ大公(1788‐1831)がいる。彼は、名門貴族ハプスブルク家の直系でありながら、ベートーヴェンにピアノや作曲を師事し、さらには彼に財政援助をおこなった。
またベートーヴェンは、恩義を感じている貴族に対して積極的に曲を捧げたり、彼らからの依頼を受けて曲を作ったりしている。後者の例が、ウィーンで外交官として活躍したロシア出身の伯爵ラズモフスキー(1752‐1836)。優れたヴァイオリンの腕前を備えていた彼は、ベートーヴェンに弦楽四重奏曲の作曲を依頼した結果、1806年に完成されたのが3曲からなる、いわゆる「ラズモフスキー 弦楽四重奏曲」だ。
ベートーヴェンと交流のあった貴族の中には、彼以外の音楽家からも曲を献呈された人も大勢いた。ベートーヴェンと同時代に活躍したメデリッチュ(1752‐1835)の「弦楽四重奏のための幻想曲」は、ベートーヴェンと懇意にしていた男爵パスクァラティ(1777‐1830)に捧げられている。
そうでなくても当時は、音楽の才能や愛情に溢れた貴族が少なくなかった。ボン時代からベートーヴェンの支援者であったヴァルトシュタイン(1762‐1823)が作った旋律は1792年にベートーヴェンが書いた「ヴァルトシュタイン伯爵の主題による8つの変奏曲」に刻まれている。あるいはベートーヴェンが晩年に作曲した一連の弦楽四重奏曲(いわゆる「ガリツィン・セット」)を委嘱したロシアの伯爵N.ガリツィン(1794‐1866)は、一族からして音楽的素養に恵まれていた。ロシア帝国の大臣も務めたA.ガリツィン(1773‐1844)の旋律に基づく「ロマンス」は、その好例といえよう。
第3部 ベートーヴェンと楽友協会のウィーン
階級を問わず、音楽を愛する全ての人のために創設され、「音楽の都ウィーン」にとって不可欠の存在となった楽友協会。1812年に産声をあげた同協会は、ベートーヴェンとどのような関係を築いたのでしょうか?
1812年、破竹の勢いを誇ってきたナポレオン(1769‐1821)率いるフランス軍が、ロシア戦線で大敗北を喫したニュースは、ヨーロッパ各地を駆け巡った。特に二度にわたって軍事占領を受けたウィーンにおいて、この出来事は熱狂的な興奮を巻き起こす。そうした中で急遽、開催されたのが、皇宮内部のスペイン乗馬学校の大広間を会場とし、600名近い演奏者と5000人もの聴衆を集めておこなわれた一般公開のチャリティ演奏会。幕開けにはベートーヴェン(1770‐1827)の序曲《コリオラン》が、続いてヘンデル(1685‐1759)作曲/モーツァルト(1756‐91)編曲によるオラトリオ《アレクサンダーの饗宴》が、《ティモテウス あるいは音楽の力》という題名で上演された。
この催しは大反響を呼び起こしただけでなく、一般向けの恒常的な音楽マネージメント組織を作ろうという動きに繋がる(当時のウィーンには、そうした組織は未だ存在しなかった)。こうして誕生したのが、ウィーン楽友協会。なお同協会は、ベートーヴェンに新作オラトリオ《十字架の勝利》の委嘱をおこない、手付金まで払うものの結局作品は実現せず、それでも彼を名誉会員にするといった恭順の姿勢を貫く。また幻に終わった《十字架の勝利》に先立つ彼の宗教的なオラトリオ《オリーブ山のキリスト》の上演も、作曲者の生前に同協会でおこなわれている。
なお、同協会は会員制を基本としていたが、一般会員になるための条件が「音楽愛好家」であることだった。というわけで、音楽に対する深い理解や愛情を持ちながらも、それゆえにあえて音楽活動を生業としない人々によって、同協会は運営されてゆく。例えば、「コントラバス伴奏付きのチェロ・ソナタ 第2番」を作ったハウシュカ(1766‐1840)や、「ピアノのための12のワルツ」を作ったゾンライトナー(1797‐1873)といった人々だ。前者は官吏として、後者は法律家として活躍するいっぽう、ベートーヴェンやシューベルト(1797‐1828)と親交を結び、楽友協会の発展に尽力した。
当時のウィーン楽友協会では、一般会員が中心となってオーケストラが組織され、彼らの出演する予約定期演奏会が、年間約4回おこなわれていた。中でもしばしば取り上げられていたのが、ベートーヴェンの作品である。「交響曲 第5番」もその1つ。当時、まだまだ演奏者にとっても聴衆にとっても斬新で、時に難解だと見なされていたベートーヴェンの交響曲が広まっていった背景は、ウィーン楽友協会の存在を抜きには考えられない。
第4部 ベートーヴェンと祝祭会議のウィーン
ナポレオンの失脚後、戦争の不安から解き放たれた祝祭的雰囲気の中、ヨーロッパに秩序をもたらすべく開かれたウィーン会議。時代の転換は、ベートーヴェンの創作にどのような影響を及ぼしたのでしょうか?
1814年、ナポレオン(1769‐1821)率いるフランス軍に幾度となく攻撃されてきたヨーロッパの各君主国は、当のナポレオンの息の根を止めるべく、連合軍を結成して反撃に出る。やがて連合軍はパリに入場し、ナポレオンは失脚した。この出来事を受けてウィーンで上演され、人気を博したのが、歌(ジング)芝居(シュピール)《良き報せ》である。テキストを書いたのは、宮廷劇場をはじめとするウィーンの有名劇場で監督を務め、台本作者としても活躍していたトライチュケ(1776‐1842)だ。
あらすじは次の通り。ライン地方の村で居酒屋を営んでいるブルーノは、連合国軍勝利の報せを今や遅しと待っている。いっぽう彼の娘のハンヒェンは、若い粉ひきのローベルトとの結婚を熱望しているが、彼が祖国防衛のために兵士となって戦場へ赴いている最中、村の金持ちのジュースリヒから言い寄られ、困っている。ジュースリヒはハンヒェンを娶ろうと、ブルーノにもうまい話を持ちかけるが、そこへやってきたのがローベルトの上官の突撃隊長。彼はローベルトをハンヒェンと結婚させるべく策を練り、「連合軍勝利の第一報をもたらした者に娘をやる」というブルーノの要求を実現させるべく奮闘した結果……?
以上のような内容のテキストに、当時ウィーンで活躍していた音楽家が分担で曲を付けた。序曲、第4・5・7曲はフンメル(1778‐1837)、第2曲はギロヴェッツ(1763‐1850)、第3曲はヴァイグル(1766‐1846)、第6曲はカンネ(1778‐1833)、トリの第8曲はベートーヴェン(1770‐1827)という陣容。第1曲は、既に世を去って久しいモーツァルト(1756‐91)の歌曲「クローエに」の旋律が一部転用されている。
このように連合軍の勝利を喜ぶ祝祭的雰囲気が満ち溢れる中、さらにそれを盛り上げたのがウィーン会議の開催だ。ナポレオン以降のヨーロッパ再編について、各国君主や政治家が集った国際会議であり、会議の合間には舞踏会や演奏会など、様々なアトラクションが催された。ベートーヴェンもこの会議に合わせて作曲をおこない、「ポロネーズ」はおりしもウィーンに滞在中だったロシア皇妃エリーザヴェタ(1779‐1826)に献呈されている。また、会議やその参加者と直接関係はなくても、連合軍の勝利からウィーン会議開催までの高揚感を念頭に、演奏や楽譜出版の機会を当て込んで曲を作った人々も少なくない。ベートーヴェンの甥カール(1806‐56)のピアノ教師を一時務めたシュタルケ(1774‐1835)の「平和祝典」もその1つである。
第5部 ベートーヴェンと保守反動のウィーン
ウィーン会議の後、保守反動政治の牙城と化したウィーン。若き日に様々な変革の波を体験し、新時代の音楽家であることを自他ともに認めていたベートーヴェンは、この「冬の時代」をいかに生きたのでしょうか?
ナポレオン(1769‐1821)登場以前にヨーロッパを戻すことを目標に掲げて始まったウィーン会議。その結果、ヨーロッパには久々の平和が戻る一方で、ナポレオンが錦の御旗に掲げたフランス革命の精神は、完全に葬り去られることとなる。市民たちは自由な発言をする権利を奪われ、それはベートーヴェンの創作活動にも大きな影響を与えた。さらに、甥カール(1806‐56)の養育問題や、自身の健康悪化も加わり、彼のトレードマークである交響曲はもちろん、管弦楽曲はほとんど書かれなくなってしまう。
そうした状況の中、例外的な存在こそが、ウィーンの民衆劇場の1つヨーゼフシュタット劇場の杮(こけら)落しに合わせ、1822年に作られた《献堂式序曲》に他ならない。しかも、この序曲の特徴である突き抜けたような晴れやかさや荘厳さは、1824年に初演された「交響曲 第9番」(いわゆる「第九」)の第4楽章にも通じるものがある。
「第九」の第4楽章に、ベートーヴェンは若いころから親しんでいたシラー(1759‐1805)の「歓喜に寄せて」を用いたことは有名だ。ただしこれはシラーの原文の通りではなく、ベートーヴェンの追加作詞も含めた、かなり自由な引用となっている。そうでなくても、シラーのテキストに共感した同時代人は少なからず存在しており、「第九」に先立って、例えば1796年に作られたライヒャルト(1752‐1814)のものや、1815年に作られたシューベルト(1797‐1828)のものが挙げられる。
ところで、保守反動体制下のウィーンでは、政治的自由を奪われた市民が、日々の享楽を求めるようになり、ベートーヴェンそっちのけでロッシーニ(1792‐1868)に熱狂するようになったと言われている。だが、1822年に彼がウィーンに客演した際、人々の熱狂を巻き起こした歌劇《ゼルミーラ》は、ハッピーエンドこそ訪れるものの、自由をテーマとした真剣な内容である。またその音楽も「第九」の終結部分に通じる祝祭性に溢れており、巷間伝えられているように、ベートーヴェンがロッシーニを毛嫌いしていたと一概には言い切れない。
なお、ベートーヴェンは生涯の後期、内面世界に沈潜してゆくかのような、音楽的にも技術的に困難を伴う室内楽用の作品を書いてゆく。そうした難曲を初演していった功労者の一人が、ヴァイオリン奏者のシュパンツィヒ(1776‐1830)だ。「弦楽四重奏伴奏付きのヴァイオリン独奏曲」は、名手と謳われた彼が、自身の技量を示すために作った一種のミニ協奏曲。そのたしかな腕前を今に伝える1曲である。
(小宮正安)
主催:東京・春・音楽祭実行委員会
協力:ウィーン楽友協会資料館
認証:Beethoven Jubiläums GmbH
Organizer:Spring Festival in Tokyo Executive Committee
Support:Archiv, Bibliothek und Sammlungen der Gesellschaft der Musikfreunde in Wien
Certified:Beethoven Jubiläums GmbH
- ※掲載の曲目は当日の演奏順とは異なる可能性がございます。
- ※未就学児のご入場はご遠慮いただいております。
- ※チケット代金お支払い後における、お客様の都合による変更・キャンセルは承りません。
- ※やむを得ぬ事情により内容に変更が生じる可能性がございますが、出演者・曲目変更による払い戻しは致しませんので、あらかじめご了承願います。
- ※チケット金額はすべて消費税込みの価格を表示しています。
- ※営利目的のチケットの転売はいかなる場合でも固くお断りします。正規の方法以外でご購入いただいたチケットのトラブルに関して、当実行委員会はいかなる責任も負いません。