JOURNAL

「友達はベートーヴェン」

第1回 運命はかく扉を叩くvs鳥のさえずり

文・飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

 運命はかく扉を叩く。かつて、ベートーヴェンの交響曲第5番《運命》の曲目解説には必ずそう書いてあった。

 弟子シントラーがベートーヴェンに《運命》の冒頭はなにを表現しているのかと尋ねたところ、楽聖は「運命はかく扉を叩く」と答えた。

 ジャジャジャジャーン!

 なるほど、これは運命だ。扉は閉まっている。そこに運命がやってきた。そして拳を扉に叩きつけるのだ。ドンドンドンドン! 運命というヤツはこちらの事情もお構いなしにやってくる押し売りのようなもの。そしてこの押し売りはしつこい。全4楽章約35分間にわたって、執拗に扉を叩き続ける。

 ある時期まで、自分はこのシントラーの説明を全面的に受け入れていた。

 ところが、どうやらシントラーはウソつきだったという話が広まり、《運命》のエピソードも眉唾物である、たぶんベートーヴェンはそんなこと、言ってないのでは? という説明が定着した。件のエピソードは曲目解説から消えつつある。

キアオジ
© Andy Morffew’s Photography (www.andymorffew.com)

 代わって、近年、こんな話をよく目にするようになった。

 ツェルニーによれば、あの運命の動機はキアオジなる鳥の鳴き声だ、と。

 こ、これは。押し売りかと思っていたら、野鳥だったとは!

 このキアオジ説、以前からも言われていたのだろうが、日本ではほぼ生息していない鳥なのでピンと来なかった。ところが今やインターネットで検索すれば鳥の鳴き声など簡単にわかる。さっそくキアオジの鳴き声を聞いてみると……たしかに! これは「運命」だ。「チチチチー」というよりは「チチチチチチ、ツィー」くらいの感じで、ベートーヴェンの《運命》よりも発語が反復的なのだが、簡潔に切り取れば「チチチ、ツィー」になる。自然散策を愛するベートーヴェンがこのさえずりから交響曲のテーマを思いついたとして、なんの不思議もない。

 さらに納得がゆくのは、ベートーヴェンの交響曲第5番《運命》は第6番《田園》と同じ日に初演されているということ。この両曲には共通のアイディアが目立つ。たとえば後半楽章を切れ目なくつなげて、緊張感を保ったままフィナーレまで進むという手法。あるいは終盤でオーケストラの編成を拡大させるという工夫(《運命》では第4楽章でピッコロ、トロンボーン、コントラファゴットが、《田園》では第4楽章以降にティンパニ、ピッコロ、トロンボーンが加わる)。そして、《田園》では第2楽章で木管楽器がナイチンゲールとウズラとカッコウのさえずりを模しているわけだが、《運命》では冒頭からキアオジが鳴いていた。この両曲はまさに姉妹作というほかない。

 そう納得して、キアオジの心地よいさえずりを次々とネット検索して楽しんでいたところ、ある記述が目に飛び込んできた。

 「キアオジの英名はイエローハンマー。ハンマーで叩くようなリズムで鳴きます」

 そうなのか! キアオジの鳴き声もハンマーで叩いていたのか。キアオジもキアオジなりにドンドンと叩いている。

 運命もキアオジもかく扉を叩く。そんなふうに理解しておこう。

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