JOURNAL

東京・春・音楽祭2021

リッカルド・ムーティ「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」vol.2 《マクベス》

開催レポート Part 1

巨匠リッカルド・ムーティによる「イタリア・オペラ・アカデミー」。新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、1年延期を経て開催となった第二回目のアカデミーでは、ヴェルディの《マクベス》を題材に約2週間に亘りムーティによる熱き指導が繰り広げられました。初日の《マクベス》作品解説から、本年に限りインターネットで無料公開されたアカデミー講義、そして集大成の《マクベス》公演まで。音楽ライターの宮本明氏にレポートしていただきます。
Part 1はムーティによる《マクベス》作品解説の模様より。

文・宮本 明(音楽ライター)

 2年ぶりに開催された「リッカルド・ムーティ イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」。今回もまた強烈なインパクトと深い感動の余韻を残していった。あれからもうすぐ4か月が経つ。
 オリンピックで来日する大勢の外国人を見ていると、入国禁止措置で多くの海外アーティストの公演が中止・延期されていたほんの数か月前のことが、ずいぶん遠い出来事のように感じてしまう。でもあの時点では、世界的指揮者リッカルド・ムーティといえども入国は確約されず、招聘に向けて関係省庁とのぎりぎりの交渉が直前まで粘り強く続けられたことが、東京・春・音楽祭のブログに詳しく綴られている。あっぱれ。その努力が実って来日し、隔離期間を終えたムーティが、「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」に姿を現した……。
  7月28日はムーティ80歳の誕生日。日本流に言えば傘寿のお祝いを兼ねて、これから数回にわたって今年のアカデミーを振り返ってみたい。ハッピー・バースデー、マエストロ!

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「この恐ろしい期間が去ったあと、社会は必ず精神を養う糧を必要とします。だからわれわれは、未来へ向かって音楽を続けていきましょう」

 アカデミー開幕前日の記者会見。待機中の宿泊先からリモートで参加したムーティが、コロナ禍で苦しむ若い音楽家たちへのメッセージを求められて言った美しい言葉。「音楽は自分の使命だ」と力強く語るムーティ。この人なら本当に音楽で世界を救うのではないかという凄みさえ感じる。
 「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」はムーティの自宅のあるイタリア・ラヴェンナで2015年から行なわれている教育プロジェクトの日本版。次世代を担う若い指揮受講生たちに、イタリア・オペラ、とくにヴェルディの真髄を伝えるマスタークラスだ。昨年はコロナ禍で開催が延期されたが、今年は4月9日から4月21日までの13日間、ヴェルディ《マクベス》を題材に繰り広げられた。
 プロジェクトの中核は、日程最後の演奏会形式上演に向けてのリハーサルを、受講生たちを指導するマスタークラスとしても活用するというユニークなシステム。そのレッスン開始を翌日に控えた4月9日(金)、東京文化会館大ホールでの「リッカルド・ムーティによる《マクベス》作品解説」でアカデミーが幕を開けた。

 前回(2019年)同様、この作品解説はアカデミーのエッセンスがぎゅっと詰まった内容だ。大きな拍手に迎えられてムーティが登場。「簡潔に2つだけ」と前置きしてさっそくレクチャーが始まった。
 最初のテーマは「スコアに忠実に演奏すべし」。ヴェルディがしばしば大きく歪められて演奏されており、自分はその風潮とずっと戦ってきたのだとムーティ。これはムーティが、このアカデミーだけでなく常日頃から一貫して声を大にして唱え続けている主張だ。

「トスカニーニは作曲者に忠実でした。しかし彼が去ったあと、イタリアはそれを忘れてしまいました。20世紀後半、偽物によってヴェルディは裏切られ続けたのです。私はトスカニーニのアシスタントを務めたアントニーノ・ヴォットーに師事してトスカニーニの教えを受け継ぎました。創造者は一人しか存在しない。それは作曲家である。だから作曲家には忠実でなければならないのです」

 たとえばテノール歌手が、スコアにないフェルマータで高音を延々と延ばしてひけらかしたりする行為をムーティは厳しく諫める。

「高音はショーの要素のひとつになってしまった。それをサッカーのように『ゴール!』と呼んでいるテノールさえいるのです。カルーソーやタリアヴィーニはけっして叫んだりしませんでした。しかしいまや、イタリア人だからといって、必ずしも黄金の演奏をしているとは限りません」

「リゴレットが高いラ♭を3時間も延ばすなんて! 高音は背筋を伸ばしたフォームでないと歌えません。背骨の曲がったリゴレットが、ですよ。演劇人であるヴェルディが、そんなグロテスクなことを許すはずがないのです」

 そうさせるのはあながち歌手だけの責任ではなく、それを歓呼して迎える聴衆の責任でもあるのだと、面白いエピソードを語ってくれた。

「カルロ・ベルゴンツィがパルマでラダメスを歌った時。〈清きアイーダ〉をスコアどおりピアニッシモで歌い終えました。あのアリアはラダメスが頭の中で考えていることだから。高音を弱声で出すのは難しいですが、ベルゴンツィはそのとおりに歌ったのです。ところが客たちは激しくブーイングしました。終演後、ベルゴンツィはスコアを持って客の元へ行き、ピアニッシモなんだと力説しました。しかし客たちは言いました。『それはヴェルディが間違っている』と!」

 そんな悪しきイタリアの〝伝統〟を今こそ断ち切らなければならないと語気を強める。

「モーツァルトやワーグナーやR.シュトラウスでは、誰もそんなことはしないのに、なぜイタリア・オペラでだけ許されるのか。それがイタリア風の表現だと思われているのです。叫ぶことが人々に〝イタリア〟を思い起こさせるのでしょう。〝太陽〟〝海〟〝モッツァレラ〟〝ピザ〟〝トマト〟〝マンドリン〟……。
 No! 〝ダンテ〟〝ラファエロ〟〝ミケランジェロ〟〝ダ・ヴィンチ〟。それもイタリア。いえ、それこそが本当のイタリアなのです。
 ヴェルディはその表現法において未来の音楽家です。やっとヴェルディを本当に理解する時が来たのです」

 ちょっとシニカルな、でもユーモアたっぷりの語り口。次々に飛び出す興味深いエピソードに引き込まれる。

 あれ? そういえばすでに「簡潔」ではなくなっているような気もするけれど、続いてのテーマは、この日の本論である《マクベス》の作品解説だ。
 《マクベス》の初演は1847年、フィレンツェのペルゴラ劇場。大成功だった。ムーティは、フィレンツェ五月祭劇場の音楽監督だった頃、ペルゴラ劇場で、当時ヴェルディが使ったという椅子に座って指揮したことがあるのだそう。
 しかし今回使用するスコアは1865年にパリ上演のために改訂された第2稿。興行的にはあまり大きな成功を得ることができなかったと伝えられるパリ上演だが、ムーティは、ヴェルディがこの改訂版の価値を信じていたと言い、とくに、この時に差し替えた部分、新たに加えた曲が重要だと説く。
 一例として語ったのが、第4幕フィナーレの改訂について。初演版では、最後はマクベスのモノローグとその死で幕を閉じる。しかし改訂版でヴェルディはそれをカットして、マクベスの死を喜ぶ難民たちの合唱を新たに書いた。

「ヴェルディは、新しい〝自由〟を獲得した民衆の熱狂を表現したかったのです。そこには政治的な意味があると思います」

 つまり、イギリスを物語の舞台とする《マクベス》に、イタリア統一が進み、敵国オーストリアが去った19世紀の母国のリアルな政情を重ね合わせているのだ。主人公の死というドラマよりも、「自由」の表明を選んだということなのだろう。

「さあでは、このアカデミーでこれから、どのようにオペラの仕事をしていくかを少しご説明しましょう」

 ムーティはピアノに向かって《マクベス》の前奏曲を弾き始めた。冒頭でオーボエ、クラリネット、ファゴットの吹く、バグパイプを模したメロディが、「魔女の主題」であると解き明かす。そしてこの「ファーソラソファソ|ラーシドシラシ」という動機に、「円」の動きを想像してほしいと語った。

「このオペラで魔女たちは〝未来〟〝運命〟を予言します。ヴェルディは〝運命〟を語る時にいつも〝円〟の動きを用いるのです」

 と言って、その例として《運命の力》や《リゴレット》の該当箇所を弾いてみせた。
 ちなみに「魔女の主題」のすぐ後にヴァイオリンが入ってきて生まれる9の和音は、「痛み」や「悲劇」を表す和音なのだそう。前奏曲はその後も「夢遊病の主題」「マクベス夫人の痛みの主題」などが次々に登場し、「オペラのすべてのエッセンスを取り入れてゆき、最後は何もないように終わるのです」と解説した。
 専門的な分析も交えながら、あっという間に40分ほどが過ぎ、ここまでが前半。休憩なしで続いた後半は、4月20日の「リッカルド・ムーティ introduces 若い音楽家による《マクベス》」に出演する日本人歌手たちが登場しての公開レッスンとなった。

(つづく)

photos : ©青柳 聡

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