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リッカルド・ムーティ「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」vol.1 《リゴレット》 開催レポート Part 5

東京・春・音楽祭15周年を機に始動した巨匠リッカルド・ムーティによる「イタリア・オペラ・アカデミー」。8日間に亘った今春の第一回目のアカデミーでは、ヴェルディの《リゴレット》を題材に連日ムーティによる熱き指導が繰り広げられました。オーディションを通過した指揮受講生、音楽を学ぶ聴講生、そしてオペラを愛する一般聴講生らに向けて行われた本アカデミーの模様を、音楽ライターの宮本明氏にレポートしていただきます。最終回のPart 5ではアカデミー最終日に行われた《リゴレット》公演の模様から。

文・宮本 明(音楽ライター)

連日の白熱のマスタークラスで、若い指揮者たちにヴェルディの魂とイタリア・オペラの真髄を叩き込んだ、リッカルド・ムーティの「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」。その締めくくりは、今年のアカデミーの課題曲であるジュゼッペ・ヴェルディ《リゴレット》の演奏会形式での上演だった(4月4日・東京文化会館大ホール)。

マスタークラス初日から受講生に交代で指揮させる形でリハーサルを続けてきたものの、実際にムーティ自身が指揮してのリハーサルは前日の午前午後2コマと当日の舞台リハーサルだけ。
その貴重な前日リハーサルは、曲順どおり、前奏曲から始まった。

「もっとかぶせた音色で。ミステリアスに」
「フォルテはどうでもいいです。偉大な芸術になるかどうかはピアニッシモが決めるのです」

「(トランペットとトロンボーンがターン・タターンと繰り返すクレッシェンドに)そこはほとんど音を切らないで。つづけて」
最初にフォルティッシモが出てくるまでのわずか14小節間を、およそ10分間かけてじっくりと進めた。きわめて濃厚。
しかし、何度も止めて繰り返したのはほぼこの部分だけ。あとはほとんどの箇所で、演奏を止めずに、指揮しながら注意を与えるにとどまった。考えてみると、受講生たちへのレッスンは歌の入るナンバーが中心だったので、前奏曲は一番練習回数が少なかったのだ。そこだけを少し念入りに作れば、のこりのポイントや全体の構成は、受講生への指導を通じて、すでにオーケストラとも共有していたというわけだ。アカデミー期間中ずっと、ムーティの時間の使い方の巧みさにはつくづく感心させられた。
「東京文化会館のアコースティックはとても素晴らしいので、今の半分ぐらいのボリュームでもいいかもしれません。明日、良いバランスを見つけましょう」
第3幕だけを2度繰り返して、リハーサルは予定よりも1時間早く終了した。


そして本番当日。
舞台リハーサルは朝10時半開始。指揮台に用意されていた椅子を、「要らない!」と撤収させた今年78歳のマエストロ。今日も元気だ。
この日はもうマイクをつけていなかったので、舞台上でムーティが何を話しているのか、細かくは聞き取れない。しかし、音楽が洗練されるにつれて、どんどん生々しく形づくられていくドラマが客席までひしひしと伝わってくる。

舞台リハーサルの修了後、ロビーで聴講生たちに修了証書が配られた。やや意外な光景だったのだけれど、聴講生たちはみんな大はしゃぎ。修了証を持って笑顔で記念撮影するいくつもの若い聴講生たちのグループ。音大生なのだろう。このようにきわめてポジティブに勉強する姿勢がうらやましい。そのフレッシュな華やぎをまぶしく感じながら取材を続行。4人の指揮受講生にアカデミー参加の感想を聞くことができた。

(沖澤のどかさんの話)

「マエストロ・ムーティがその場にいる空気感は特別なものでした。言葉の大切さ、オーケストラの強弱のクォリティ、さまざまなことを学びました。オーケストラは素晴らしかったです。マエストロのほんのすこしのニュアンスもすぐに摑み取るし、わたしたち受講生が振るときも、とても辛抱強く好意的に弾いてくださったと思います。
それと、最初の3日間の、ピアノ伴奏の歌手の稽古がものすごく勉強になりました。マエストロが歌手たちと、音楽についてじっくり話すのを間近で見ることができたので。マエストロは、いまは世界中のオペラの現場で、音楽に時間をかけることができなくなってきたけれども、それはとても必要なことだとおっしゃっていました。
来年また受講できるのは本当にありがたいです。次の《マクベス》のスコアを、今年教わったことをもとに、どう読んでいくかがすごく大事だと思っています。いまからもう楽しみです」

(ヨハネス・ルーナーさんの話)

「本当に素晴らしい、そしてユニークな経験でした。とてつもなく経験豊富で有名なマエストロとたくさんの時間を過ごすことができたというだけでも信じられないくらいに特別なことであるのに、素晴らしい音楽家の皆さんと1週間以上も一緒に過ごし、学び、 マエストロが私たちを助け……。素晴らしい関係でした。多くのみなさんの寛大なサポートにより、マエストロのもと本当に最高の場で学ぶ機会を、若い指揮者がしばしば長く待たなければ得ることができない機会を得ることができました。
素晴らしいことに、来年はぼくたちが指揮する公演もあります。マエストロが私たちの成長を見てくださる。お互いをすでに知っているので、それが経験をより深く有意義にしてくれるものと思います。
ありがとう。本当に楽しかったです」

(サミュエル・スンワン・リーさんの話)

「ヴェルディのオペラを、イタリアのマエストロ、ムーティから直接学べたことは本当に光栄なことでした。
音楽とイタリア語の密接なつながりから、マエストロは多くのことを教えてくれました。音楽と物語はつねに一体です。この1週間で、マエストロがヴェルディとイタリア文化について、どのように正統に解釈しているのかを深く学ぶことができました。
また、オーケストラがつねに熱心でいたことに感動しました。若い指揮者にとても忍耐強く向き合ってくれて、この短期間で大きく進化することができたと感じています。
来年までに、完璧なイタリア語をマスターするとマエストロと約束しました」

(チヤ・アモスさんの話)

「(2018年からマリインスキー劇場の北オセチア支部で指揮者を務めているので)劇場での経験という意味では、私はおそらく今回の仲間たちより多くの経験を積んでいると思います。しかし、私が初めてオペラを指揮したときは、ピットに放りこまれて、自分のやりたいように指揮しただけでした。今回、イタリア・オペラがどのように創られているのかを偉大なマエストロから学ぶことができ本当に良かったです。マエストロは音楽の背後にあるもの、言葉の背後にあるものを教えてくれました。あるひとつのことが意味するものはひとつではなく、ひとつの音符にも複数の意味があるかもしれない。本当に素晴らしいトレーニングでした。ロシアに戻ると、指揮をしながら学ぶしかありませんが、来年の《マクベス》では、より成長して帰ってきたいです。そして毎年積み重ねてより良くなっていければと思っています」


《リゴレット》公演は午後7時から始まった。5階席までほぼ満席。さすがのムーティ人気。今回は第1幕の約3分の1と第2幕の4分の1ほどをカットしたハイライト上演。演奏会形式なので指揮者、オーケストラも舞台上に並ぶ。
前奏曲冒頭のトランペットとトロンボーンによるほの暗いデリケートなファンファーレが鳴って、いよいよオペラがスタート。連日のレッスンをフルで取材・見学させてもらったおかげで、ムーティの指示が次々に思い起こされる。
歌手たちがしごかれていた箇所では、「がんばれ!」と思わず手に汗を握ってしまう。わが子を見守る親の心境。しかしアクシデントもあった。
マントヴァ公爵役のジョルダーノ・ルカ(テノール)は、幕開けからどうも調子が良くなさそうで、ついにいったん舞台袖に引っ込んでしまった。もちろん演奏はつづいたままで、彼の出番がどんどん迫ってくる。大丈夫か?
彼はすでに欧米の劇場で歌っているキャリアのある若手なのだけれど、どうもムラがあるというのか、リハーサルでも、高音を素晴らしいピアニッシモで歌ってのけたかと思うと、思わぬケアレス・ミスを繰り返してムーティに叱られたりする、やんちゃなテノール。でもどこか憎めない。なにより、繊細な美声は魅力的だ。
舞台袖でコンディションを整えて舞台に戻ってきた彼だったが、やはり本調子ではなさそう。最大の見せ場である第3幕のアリア〈女心の歌〉はなんとか乗り切ったが、けっして会心の出来ではなかったはず。巨体の大きな肩を落として、寂しそうな表情でうなだれていた。
演奏が終わり、客席の大きな拍手を受けながら、ムーティが、彼の背中を何度もポンポンと叩いていたのは、叱責ではなく、「次に期待してるぞ!」という励ましだったにちがいない。ジョルダーノ、ドンマイ!

そんなアクシデントもあったが、演奏はきわめて刺激的だった。レッスンでムーティがずっと言い続けたことが次々に音になって現れるという感覚。《リゴレット》の音楽がこんなにも繊細で色彩豊かだったことに、あらためて、というか正直初めて気づかされた。たぶんいつも歌しか聴いていなかったのだなあ……。1週間通いつづけてよかった!


 公演終了後には、そのままステージ上でアカデミーの修了証授与式があり、4人の指揮受講生に修了証書が手渡された。ムーティは聴衆に向かって以下のようにスピーチした。

「東京文化会館は1975年にウィーン・フィルと初来日した大切な思い出の劇場です()。
私はアントニーノ・ヴォットーにヴェルディを学びました。彼はスカラ座の黄金時代にトスカニーニの第1アシスタントを務めていた指揮者です。そのトスカニーニは《オテロ》初演のときにチェロを弾いていた。ヴェルディを直接知っているのです。
だからこれはイタリア・オペラの学校です。イタリア・オペラの伝統的方法が、そのイタリアで失われてしまった。かつては指揮者がオペラのすべてを動かしていました。残念ながら若い指揮者はその真実を知りません。深い勉強をしていないゆえに演出にとらわれています(ここで場内拍手)。
このアカデミーを開催できたことをうれしく思います。歌手たちも協力してくれました。そしてこの素晴らしいオーケストラに感謝します。来年再来年と、また彼らと一緒に経験を積みたいと願っています。
120人超の応募者のなかから選ばれた受講生の若い指揮者たちが、将来、作曲家の意図に忠実に従うことのできる指揮者になってくれることを望みます。音楽は、絶対に妥協してはいけません」


演奏位置に座ったままで、修了証授与式をあたたかく見守ってた「東京春祭特別オーケストラ」の面々。今回のアカデミーでの彼らの役割はかなり大きかった。プロ・オーケストラの首席クラスがゴロゴロいる若きスーパー・オーケストラだが、単にメンバーが豪華というだけでなく、「個」でなくオーケストラとして機能して、ムーティの指揮に敏感に反応していく集中力には感動した。ムーティの「また彼らと一緒に」という言葉はけっして上っ面のお世辞ではないはずだ。カーテンコールでムーティと固い握手を交わしていたコンサートマスターの長原幸太(読売日本交響楽団コンサートマスター)に話を聞いた。
「ものすごく刺激的でした。とくに、指揮ではなく音楽を教えるのだという姿勢には共感します。ぼくたちも、楽器を勉強するのではなく、音楽を勉強しなければいけない。また、一番大事なのは言葉だと繰り返し言っていましたが、器楽奏者もヘタをすると棒弾きになりがちです。言葉の意味を考えたらそうはならないはず。そんな当たり前のことを、受講生へのレッスンを通して、われわれオーケストラにも、言葉を選ばずに言うと、しつこく(笑)教えてくれました」
ヴァイオリン・パートには今回、ムーティの希望で若い学生の奏者も加わっていたのだが、彼は毎日プルトを並び替えて、学生たちにも多くの経験を積ませていた。
「並びを変えたのは、学生にもムーティの近くで演奏させてあげたいというのがひとつ。前で弾くのと後ろで弾くのでは感覚が違いますし。それと、正直にいうと、ぼくがどういうふうに弾いているのかを間近で体験してほしいという気持ちもありました。オーケストラではこうやって弾くんだよというのを。その2つの意味です」
ムーティの指揮に生き物のように反応するオーケストラはすごかった!
「そうですね。受講生のみなさんが振っているときも、もちろんちゃんと彼らの音楽を汲み取ろうとしているんですけど、ムーティが振ると、まるで音が変わる。あれは何なんだろう。けっしてマジックではなくて、彼が考えていること感じていることが伝わるので、オケが変われるんですね。勉強量、信念、情熱。ぞれが全部伝わってくる。もちろんテクニックも必要なんでしょうけど、それはひとつの手段にすぎないと思います。こういう音を出してほしいという信念がどれだけ溢れ出ているか。とくにプロのオーケストラはいろんな情報を持っていますから、指揮者がそれと違うことをやりたければ、それを明確に示してもらえれば、こちらも対応できるはずなんです。今回のムーティの場合は、まず本当に教えたいという愛情があるのをすごく感じました。非常によかったです」


3月28日の「リッカルド・ムーティによる《リゴレット》作品解説」から始まったアカデミー。連日じつに中身の濃いレッスンがつづく充実の8日間だった。なにより、今年78歳の巨匠ムーティの、尽きることない熱意とスタミナには圧倒されっぱなし。おかげで、期間中の4月1日にあった新元号発表など、どこか別の世界の出来事のように感じてしまったほどだ。
2020年は今年より少し前倒しのスケジュールで、3月6日(金)~3月15日(日)の10日間での開催が決まっている。課題曲はヴェルディ《マクベス》。ムーティが得意とする作品だ。今年の4人が引き続き受講し、来年は彼らが指揮する公演も予定されている。ムーティは彼らに、「来年までにイタリア語をマスターしてくるように」と厳命していた。すでに沖澤のどかさんがブザンソン国際指揮者コンクール優勝という大きな成果を上げているように、1年のあいだに、ひと回りもふた回りも大きくなって帰ってくるであろう彼らに、また会いに来たい。
ヴェルディの魂、イタリア・オペラの真髄、そしてなによりリッカルド・ムーティという音楽家のすごみやその芸術の奥深さを目の当たりにできる、幸せなアカデミー。指揮や声楽などオペラを専門に勉強している人たちの占有物にしておくのではもったいなさすぎる。マスタークラスの大部分は平日の昼間に行なわれるので、会社勤めの社会人は厳しいかもしれないけれど、確保しておいた有給休暇をここで消化するとか、ぜひ時間をやりくりして、ひとりでも多くのオペラ・ファン、音楽ファンがこの貴重な機会の目撃者となることを、心から願う。

帰り道、上野駅から山手線に乗ったら、同じドアに、沖澤さん、リーさん、アモスさんの三人が乗り込んできた。これから仲間と合流して食事するのだそう。いわゆる打ち上げですね。リーさん、アモスさんの二人は、さっきムーティから受け取ったばかりの修了証を「むき出し」で手に持っていた。そばで見るとかなり大きなサイズの紙なので、バッグに収まらなかったらしい。沖澤さんがアモスさんに言った。
「それ、帰りの飛行機はスーツケースに入れて預けるの?」
アモスさんは来日の際にロスト・バゲージに遭って、スコアを失ったという「前科」があるのだ。
「いや。今度は肌身離さず、ちゃんと機内に持ち込むよ(笑)」
沖澤さん、ナイス! 面白いなあ。
4人の受講生のみなさん、おめでとう。そしてお疲れさま。また来年会いましょう!


*ムーティと東京文化会館

これはムーティがいくらか記憶違いしているようだ。初来日が1975年3月のウィーン・フィル日本公演であるのは間違いなく、大指揮者カール・ベームとともに同行しての来日だった。33歳の青年指揮者だったムーティ。しかしこのときの東京での公演はNHKホールのみだった(ムーティはドヴォルザークの《新世界より》などを指揮している)。ムーティが初めて東京文化会館で指揮をしたのは、自身3度目の来日だった1985年のフィラデルフィア管弦楽団との日本公演。マーラーの《巨人》メインとベルリオーズの 《幻想交響曲》メインの2つのプログラムを指揮した。

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