JOURNAL

東京・春・音楽祭2021

リッカルド・ムーティ「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」vol.2 《マクベス》

開催レポート Part 3

巨匠リッカルド・ムーティによる「イタリア・オペラ・アカデミー」。新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、1年延期を経て開催となった第二回目のアカデミーでは、ヴェルディの《マクベス》を題材に約2週間に亘りムーティによる熱き指導が繰り広げられました。初日の《マクベス》作品解説から、本年に限りインターネットで無料公開されたアカデミー講義、そして集大成の《マクベス》公演まで。音楽ライターの宮本明氏にレポートしていただきます。
Part 3は東京音楽大学100周年記念ホールと東京文化会館大ホールで行われたリハーサル(マスタークラス)の模様より。

文・宮本 明(音楽ライター)

 「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」は、イタリア・オペラの真髄を、とりわけヴェルディの魂を次世代に継承しなければならないという使命感に燃える巨匠リッカルド・ムーティのライフワーク。主眼はムーティによる若い指揮受講生たちへのマスタークラスだ。公演へ向けてのリハーサルを受講生たちに交代で指揮させ、それがそのままレッスンの場となる。今年はヴェルディ《マクベス》を題材に、次のような日程で実施された。

作品解説/リハーサル

4月9日(金)19:00 リッカルド・ムーティによる《マクベス》作品解説(東京文化会館大ホール)
4月10日(土)午後:オーケストラ・リハーサル/夜(*):合唱リハーサル(+ピアノ)
4月11日(日)午前~午後:オーケストラ・リハーサル/夜(*):合唱リハーサル(+ピアノ)
4月12日(月)午前~午後:オーケストラ・リハーサル(with ソロ、合唱)
4月14日(火)午前~午後:オーケストラ・リハーサル(with ソロ、合唱)
4月15日(木)午前~午後:オーケストラ・リハーサル(with ソロ、合唱)
4月16日(金)午前~午後(*):オーケストラ・リハーサル(with ソロ、合唱)
4月17日(土)午前~午後(*)ゲネプロ(非公開)
*印=ムーティ指揮
リハーサル会場は10、11日が東京音楽大学100周年記念ホール、以降は東京文化会館大ホール

公演[演奏会形式/字幕付]
4月19日(月)18:30 公演1(東京文化会館大ホール)
4月20日(火)19:00 受講生指揮公演(ミューザ川崎シンフォニーホール)
4月21日(水)18:30 公演2(東京文化会館大ホール)

 本来は会場に聴講生が入って公開で行われるリハーサル(マスタークラス)だが、今回は新型コロナウイルス感染防止のため、公演を除く全日程が無観客で行なわれた。現代最高峰のイタリア・オペラ指揮者が日々紡いでゆくオペラの時間を直接同じ空間で共有できないのは残念だったが、その代わり急きょインターネットでライブ配信されることになったのは、全国のファンにとって思わぬ福音となった。原則的には音楽の専門家や学生向けである聴講のチャンス(*)に、誰でもどこからでも、しかも無料でアクセスすることができたのだから。リハーサルは取材陣にも非公開だったので、筆者も連日モニター越しに、ムーティの白熱教室に見入った。
(*会場のキャパシティの都合などもあるようで、実際には前回2019年も多くの場合、一般聴講が可能だった。)

 このアカデミーのために若手プレーヤー主体に特別に編成された東京春祭オーケストラはじつにハイ・レヴェル。それもあって、受講生に直接オーケストラをまとめさせて音楽作りの過程を見るようなシーンはほとんどなく、レッスンはつねに、ムーティが示す解釈に沿って進む。その指示は、作品そのものに関わる具体的な内容が中心。まさに実戦形式で、「巨匠のリハーサル」だけにじつに見ごたえがある。指揮受講生だけでなく、歌手や合唱、そしてオーケストラにもさまざまな要求が飛ぶ。

 しかしやはり指揮者のためのマスタークラスらしく、合間には指揮者としての役割や心構えについて、興味深い〝格言〟がぽんぽん飛び出す。いわばムーティによる指揮者論だ。

「私も若い頃は、今あなたがやったように、正確に振ることを考えていました。もちろんそれも大事ですが、オーケストラと一緒に良い音楽を作ることのほうが重要なのです。カルロス・クライバーがそうでしたよね。指揮棒を振らずに〝指揮〟ができるという感じでした。今日からそういう勉強をしていきましょう」

「すべての音楽は神に届けるべきもの。私たち指揮者の仕事はそれに手を貸すことなのです。私は長い年月かかって、それをオーケストラから教えてもらいました。バトン・テクニックも大切かもしれませんが、まずあなたが音楽を示すことが必要なのです。彼らの目を見てください。一緒に演奏しているのですよ」

「拍を刻むだけの指揮はNothingです。音楽を伝えなければ。オーケストラの表現は、指揮者がやっていることをそのまま反映しているのです。もし彼らの演奏に音楽的な表現が足りないとしたら、それは私たち指揮者の責任なのですよ」

「私の先生は言いました。『音楽には3拍子と4拍子そして5拍子がある。それだけだ』。あとは教えてくれませんでした。教えられないんですよ! 指揮というのは、あなたの心を伝えるものなのです。格好がいいとか、そういうことは重要ではありません。オーケストラを助けることが私たちの仕事です」

「そこは歌手の音符を追って振る必要はありません。協奏曲のソロを全部フォローしようとする指揮者もいるかもしれませんが、必要ないんです。ソリストは私たちが指揮なんかしなくても弾けますからね。やらないことで良くなることもあるのです」

「腕はあなた自身の延長なのですよ。トスカニーニもミトロプーロスも、指揮の教科書ではなく、音楽を深く勉強したのです。指揮は科学ではないのです」

「シンプルに指揮することを怖がってはいけません。洗練されたやり方よりも、シンプルな指揮が必要です」

「待ってください。とてもうまくやっていますけれども、オーケストラがあなたと関連していませんよ。目です。彼らを見てください。コミュニケーションを取らなければいけません。それが指揮というものです。トスカニーニは言っています。拍を刻むだけならロバでもできる。音楽を生むことが難しいのです」

「ショーではなく、つねに音楽に立ち返ってください。何年かのち、私がこの地球からいなくなったあとも、若い音楽家のみなさんが、その信念を持っていてほしいのです」

「若い頃は、どうしても自分に自信が持てない時がありますよね。でもそれが態度に出ると、まるでオーケストラを信用していないという印象を与えがちです。気をつけてください」

「フィラデルフィア管弦楽団の音楽監督だった頃の話です。ある年のツアー中、長い移動でメンバー全員が疲れていました。私もです。疲れ果てていました。でもそんな私を見て、コンサートマスターのノーマン・キャロルが言いました。『マエストロ。あなたも疲れているかもしれませんが、あなたの仕事は私たちにエネルギーを与えることですよ』。そのとおりでした。指揮台に立つのであれば、指揮者が責任持って何かを与えなければなりません。ノーマンは現在92歳で、今もよい友人です」

 配信を見ながら、「なるほど、おっしゃるとおり!」と膝を打つ。今度どこかで使えそうだ。

(つづく)

photos : ©増田雄介

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