16世紀イギリスの作曲家トーマス・プレストンの作と伝えられる「ラ・ミ・レの上で」は、16、17世紀のイギリス音楽で用いられた、低声部で一定の音型が反復するバッソ・オスティナート（固執低音）の手法で書かれている。上声部は自由に動き回り、即興性に満ちた対照をなす。

ジョン・ブルは16世紀末～17世紀初頭に活躍したイギリスの作曲家。鍵盤奏者としても卓抜しており、エリザベス1世にも重用されたが、行状芳しくなく、後半生はオランダに逃れてアントワープに没した。「イン・ノミネ（御名において）」とは、16～17世紀のイギリスで作られた器楽曲の名称で、単旋律の聖歌の一部を定旋律としている。ブルの「イン・ノミネ IX」は最上声部に定旋律が置かれている。幻想曲（ファンタジア）は、特に形式的な制約はなく、想像力によって自由に書かれた器楽曲の名称であり、その内容は多岐にわたる。「幻想曲 ニ短調」は、超絶技巧の鍵盤奏者ブルならではの自由闊達な楽想が羽ばたく。パヴァーヌは16世紀ヨーロッパに普及した舞曲。より活発なガイヤルドと組み合わされることが多い。ブルの「幻想的なパヴァーヌとガイヤルド」は、典雅な主題に続き、自在に技巧を披露する部分と、ふとためらうような憂愁を見せる部分とが交錯する。ちなみにこれらの楽曲が収められている《フィッツウィリアム・ヴァージナル・ブック》（以下、FVB）とは、エリザベス朝の鍵盤楽器音楽を網羅した最も重要な曲集であり、19世紀にこの曲集の保存に貢献したフィッツウィリアム子爵の名が冠されている。

ジャイルズ・ファーナビーは、ブルと同時代に活躍したイングランドの作曲家。特にヴァージナル（チェンバロの一種）作品、なかでもFVBに収録された多くの小品で知られる。「マスク ト短調」は落ち着いた曲調で、6つの短いセクションからなる。

ウィリアム・バードはイギリスのルネサンス音楽を代表する大家。「ブリタニア音楽の父」とも呼ばれる。「ヒュー・アシュトンのグラウンド」はFVB所収。先述したバッソ・オスティナートの手法（グラウンド）が用いられている。ヒュー・アシュトンとは、バードより前の世代のテューダー朝の作曲家。「荒涼とした森を歩きますか」はFVB所収。もとはテューダー朝の歌でイングランド王ヘンリー8世のお気に入りだったと言われている。歌詞は短いリフレインが残されたのみだが、バードは14のヴァリエーションを加えて作曲している。「オックスフォード伯爵の行進曲」はFVB所収。華やかな行進曲のリズムの音楽。「鐘」もFVB所収。鐘の音を模したバッソ・オスティナートを用いたグラウンドで、非常にユニークな楽曲。「パヴァーヌとガイヤルド“ウィリアム・ピーター卿”」は、イングランドで最初のヴァージナル曲集《パーセニア》所収。これはバード、ブル、ギボンズら3人の作品を集めた21曲からなる曲集で、プファルツ選帝侯フリードリヒ5世とイングランド王ジェームズ1世の娘エリザベス・ステュアートの結婚を祝して1613年に出版された。ちなみにウィリアム・ピーター卿は、テューダー朝に仕えた国王秘書長官である。

トマス・タリスは16世紀イングランドのオルガン奏者・作曲家で、バードの師でもある。「御身はまことに幸いなる者」は、15世紀から16世紀にかけて多くの鍵盤作品がこのタイトルで作られた。テューダー朝を偲ばせる、典雅な素朴さを持つ楽曲である。FVBにもこのタイトルで2曲が収められている。

オランダの作曲家・オルガン奏者ヤン・ピーテルスゾーン・スウェーリンクは、ルネサンス音楽からバロック音楽の過渡期に活躍した大家。鍵盤作品だけでなく、膨大な声楽曲も残している。「半音階的幻想曲」と言えば、J.S.バッハの作品が思い浮かぶが、その1世紀以上前に書かれた本曲も、その洗練された対位法においてバッハ以前の鍵盤音楽を代表する作品の一つである。