ラフマニノフはアメリカに亡命後、ピアニストとしての名声を得て多忙な日々を過ごした。創作の時間も思うままに取れないなか、1931年夏に完成したのがこの「コレッリの主題による変奏曲」である。ピアノ独奏曲としてはこれが最後の作品となったが、ラフマニノフならではの名人芸が発揮されている。タイトルにある「コレッリの主題」とは、17世紀イタリアの作曲家アルカンジェロ・コレッリによる《ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ》作品5の12曲中最後に置かれた「ラ・フォリア」の主題で、フォリアとはイベリア半島起源の古い舞曲である。本曲は、20の変奏と間奏曲とコーダからなり、親友のフリッツ・クライスラーに献呈された。

《ジャワ組曲》は、ポーランドのピアニスト、作曲家、また教師としても高名なレオポルド・ゴドフスキーが1924～25年に作曲した4巻（全12曲）からなる組曲。3曲で1巻を構成する。ゴドフスキーは1923年に訪れたジャワ島の印象をもとにこの組曲を作曲した。「第4巻 第10曲 クラトン（王宮）にて」のクラトンとは、ジャワ島中部ジョクジャカルタにある宮殿。どこからか聴こえるガムランの音が近づいては遠ざかり、エキゾチックな東洋の夕暮れを想起させる。

ジョージ･ガーシュウィンは、ユダヤ系ロシア移民の両親のもと、ニューヨークのブルックリンに生まれた。クラシックとジャズを融合させた作品を書いたことでも知られるが、クラシックの作曲は独学だった。真骨頂は何と言っても、作詞家となった兄アイラと組んでブロードウェイのミュージカルに提供した数多くの歌だろう。1932年に出版された《ジョージ・ガーシュウィン・ソングブック》は、そんなミュージカルの中から、自身で18曲を選んでピアノ用に編曲したもの。「私の好きな彼」は、ミュージカル《レディ・ビー・グッド》（1924）のために書かれた。ミュージカル自体には使われなかったが、その後ビリー・ホリデイら有名なジャズ歌手たちがカバーし、ジャズのスタンダート曲となった。「ドゥー・ドゥー・ドゥー」は、ミュージカル《オー、ケイ！》（1926）からのナンバー。「スワニー」は、1919年に書かれたポピュラー歌曲で、これが大ヒットして一躍、人気作曲家の仲間入りを果たした。ガーシュウィンが21歳の頃のことだった。「フー・ケアーズ？」は、ミュージカル《君がために歌う》（1931）のために書かれたナンバー。「アイ・ガット・リズム」は、ミュージカル《ガール・クレイジー》（1930）のために書かれた。ジャズのスタンダード曲としても非常に有名で、多くの歌手に愛された曲である。20世紀初頭のアメリカを走り抜けるように数々のヒット作を生み出したガーシュウィンだが、38歳の若さで生涯を閉じた。

カイホスルー・シャプルジ・ソラブジは、20世紀イギリスの作曲家。独学で作曲とピアノを学び、ブゾーニに才能を見出されてピアニストとしても活動した。《100の超絶技巧練習曲》は、1940～44年にかけて作曲された、ピアノ練習曲集としては世界最長のもの。全曲演奏すると8時間半を要する。「第26番 最高に甘く」は10分近い大曲。1922年に作曲された《3つのパスティーシュ》は、それぞれショパン、ビゼー、リムスキー＝コルサコフのパスティーシュ。パスティーシュとは、フランス語で「作風の模倣」のこと。「第3番」はリムスキー＝コルサコフの歌劇《サトコ》より、「インド商人の歌」によるパスティーシュ。

ハンガリー出身の作曲家ジェルジ・リゲティは、1956年のハンガリー動乱によってウィーンに亡命する。全11曲からなる《ムジカ・リチェルカータ》は、1951～52年、リゲティが30歳を迎える手前、まだブダペストにいた頃に作曲された。「第8曲 ヴィヴァーチェ、エネルジコ」は、軽快なリズムで生き生きとした躍動感がある。「第7曲 カンタービレ、モルト・レガート」では、寡黙な旋律が左手の反復の上を悠々とわたっていく。1985～2001年にかけて作曲された18曲からなる《ピアノのためのエチュード》は、18曲の練習曲が3巻に分かれ、その多くに詩的な標題が付けられている。1985年に作曲された第1巻には6曲が収められており、その「第5曲 虹」は音符が弧を描き、透明感のある光が空に架かる。1988～94年に作曲された第2巻には8曲が収められている。その「第10曲 魔法使いの弟子」は、曲集でも人気の曲。細かい無窮動の動きにのせて、ステップを踏むように旋律が散りばめられる。フランスのピアニスト、ピエール＝ローラン・エマールに献呈された。

エストニアの作曲家アルヴォ・ペルトは、古楽の影響を受けて、簡素な和声、シンプルな音律と反復による「ティンティナブリ（鈴の音）様式」を生み出した。1976年に作曲された「アリーナのために」は、そのスタイルを確立した重要な作品。現実のアリーナは、鉄のカーテンによって母と生き別れとなったペルト夫妻の友人の娘の名である。

2017年に作曲された「素描のエチュード」は、新進気鋭の作曲家としても活躍するロサンゼルス生まれのキット・アームストロングのオリジナル作品。ベルリン芸術大学の依頼で2018年メンデルスゾーン全ドイツ音楽大学コンクールのために書かれたピアノ独奏曲である。初演もそのコンクール参加者によって行なわれた。絵画における素描（スケッチ）のような表現の可能性を、音楽で追求する試みである。

「雨の樹 素描 Ⅱ」は、1992年に作曲された武満徹のピアノ独奏曲としては最後の作品。同年10月にオルレアン国際音楽祭で行なわれたオリヴィエ・メシアン追悼演奏会のために作曲された。10年前に書かれた「雨の樹 素描」と同じく、大江健三郎の小説『頭のいい雨の木』からインスピレーションを得ている。