ブリテンの《民謡編曲集》は1943年の第1集を皮切りに、予想外の成功を収め、1961年の第6集に至るまで、イギリス、アイルランド、フランスの民謡編曲の名品が生み出された。
　「木々は高々と育ち」は、第1集《イギリスの歌》（1943）の第5曲。イングランド南西部サマセットに伝わる古風な民謡で、愛息を喪うまでを物語る。「かわいいポリー・オリヴァー」は、第3集《イギリスの歌》（1947）の第3曲。古くから伝わる英国民謡に、ブリテンはカノンを用いた。「とねりこの木立」は、第1集《イギリスの歌》の第6曲。豊かな自然を背景に歌われるウェールズ民謡。「ニュー・キャッスルから来たのでは？」は、第3集《イギリスの歌》の第7曲。19世紀イギリスの作曲家・教育者ジョン・ハラーの『ソング・ブック』（1866）から採られた、明るく、短い歌。「ディー川の水車屋」は、第3集《イギリスの歌》の第4曲で、これも『ソング・ブック』から採られており、回る水車を描写するピアノ伴奏がユニーク。「サリー・ガーデン」は、第1集《イギリスの歌》の第1曲。数十曲におよぶブリテンの民謡編曲の劈頭を飾る人気曲。アイルランド民謡で、歌詞はアイルランドの高名な詩人ウィリアム・バトラー・イェイツによる。
　《トム・ボウリングと他の歌の編曲集》は、権利関係の都合でブリテンの存命中には出版されなかった歌曲をまとめて、2001年に出版された。同曲集所収の「谷の小川」はドイツ民謡で（歌詞は英語）、民謡編曲ではめずらしいチェロを加えた編成。ブリテン、ピーター・ピアーズにフランスのチェロ奏者モーリス・ジャンドロンが加わった1946年のリサイタルのために書かれた。

　英語で「Mystery plays」と呼ばれる神秘劇は、中世ヨーロッパで催された宗教劇で、旧約・新約聖書にもとづいている。ブリテンは、イングランド北西部の都市チェスターに伝わる神秘劇をテクストにして1957～58年、1幕ものの歌劇《ノアの洪水》を作曲した。初演は1958年のオールドバラ音楽祭。題材となったのは、旧約聖書『創世記』に登場する大洪水とノアの箱舟の物語である。この音楽劇をユニークなものにしているのは、子供たちの参加であり、歌はノアとその妻、神の声は大人のソリストだが、それ以外は合唱も含め全て子供たちによって歌われる。
　《ノアの洪水》のあらすじは以下の通り。おどろおどろしい幕開けとともに合唱が、神への切なる祈りを捧げる。やがて苛烈な神の声が響きわたる。「わたしは地上のもの全てを滅ぼす、しかしノアとその妻、三人の息子とその妻たちは助けよう、そのために船を作れ」と。ノアは、三人の息子セム、ハム、ヤフェトとその妻たちの協力を得て箱舟を作り始める。しかしノアの妻はおしゃべり仲間と一緒になって、作業に取り組むノアたちを小馬鹿にしている。この妻のキャラクターは、聖書の原文にはない唯一の喜劇的な脚色である。やがて神の声が告げる。「洪水がくる、全ての動物たちを一つがいにして箱舟に乗せよ。雨は40日40夜のあいだ降り続き、地上のものを全て拭い去るだろう」。動物たちはみな一つがいになって、キリエ・エレイソンを唱えながら箱舟に乗り込んでいく。ノアは妻にも船に乗るよう促すが、妻は頑としておしゃべり仲間のもとを離れようとしない。最後には息子たちがノアの妻を船へと引きずり込む。恐ろしい嵐がやってくる。地上の肉なるもの全てを飲み込むような嵐の描写が次第に穏やかになり、ノアは窓を開いてカラスを放ち、次に鳩を放つ。鳩がオリーブの枝をくわえて戻ってくる。それは地上が完全に乾いたことの証だった。神の声が箱舟から出るよう告げる。全ての動物たちがハレルヤ！ と喝采を叫ぶ。ノアたちは神に感謝を捧げる。神は二度と洪水によって地上を滅ぼすことはしないと約束し、その印として空に虹をかけるのだった。