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オールドバラ音楽祭の魅力

オールドバラ音楽祭の魅力

文・中村ひろ子

 ベンジャミン・ブリテンの音楽を語る上で欠かせないのが、オールドバラ音楽祭である。1948年にブリテンがテノール歌手ピーター・ピアーズ、プロデューサー/台本作家のエリック・クロージャー(「子守歌のお守り」はクロージャーの妻ナンシー・エヴァンスのために書かれた )と共に創設した音楽祭で、以来、毎年6月に英国東部の北海に面した町オールドバラを中心に開催されている。オールドバラは、ブリテンがピアーズと共に後半生を暮らした町でもある。

ベンジャミン・ブリテン

 2019年の第72回では、6月7日から23日までの17日間で80を超えるイベントが実施された。主会場のスネイプ・モールティングス・コンサートホールでは、トーマス・ラルヒャーの新作オペラ《猟銃》、 バーバラ・ハンニガン指揮の《放蕩者のなりゆき》、 BBC響やバーミンガム市響のコンサートといった大きな公演があったが、それだけではない。スネイプにあるスタジオやリサイタルルーム、オールドバラと近隣の教会を使って、マーク・パドモアがプロデュースした「詩と音楽」他の小さなコンサート、アントニオ・パッパーノとパドモアが講師を務めるマスタークラスなどが多数行なわれている。さらに、サウンド・インスタレーション、映画、ウォーキングツアー、ライブハウスや浜辺のバンドスタンドでのライブ、美術展など、近隣各所で様々な催しが開催された。音楽祭に参加するお客は、その気になれば 朝から晩まであちこちを回って楽しむことができる。

 こうした音楽祭のありようは、ブリテンの存命中から基本的に変わらない。柱として必ずオペラがあり、新作初演を含む現代音楽やあまり知られていない音楽が積極的に取り上げられ、若い演奏家のためのマスタークラスが行なわれる。文学やアートにも目配りがある。そして何より、オールドバラという町に軸足を置き、コミュニティに根差している。

 オールドバラ音楽祭は、そもそもの始まりからこの町のコミュニティに育まれてきた。実行委員会で は地元の有力者が辣腕を振るい、地元の人々から基金を募り、地元のボランティアが当日の運営を担う。地元の演奏家も出演する(1958年の《ノアの洪水》 初演でも子どもたちが大活躍した)。ブリテンには最初から、音楽祭の運営にはコミュニティの支持が不可欠だという認識があった。


オールドバラ音楽祭

 町の公会堂と教会を会場に始まった音楽祭は、今や複数のコンサート会場を擁する国際的な音楽祭に成長した。しかし、その最大の魅力はオールドバラというロケーションそのものにあるのかもしれない。都会から隔絶した場所で、音楽と共に海を満喫する。そのひとときのために、何もない小さな町に世界中から人びとが集まってくるのだ。

 残念ながら、2020年の音楽祭は新型コロナウイ ルス感染拡大に伴って中止となった。2021年については、本稿を書いている時点では「規模を縮小して開催したい」と表明されている。無事に開催できることを祈りたい。

(「東京・春・音楽祭2021」公式プログラムより転載)
中村ひろ子 Hiroko Nakamura

カザルスホール、横浜みなとみらいホールを経て、現在、松本市音楽文化ホール制作プロデューサー。翻訳書に『魂の声』、『ベンジャミン・ブリテン』他。




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