JOURNAL

20th Anniversary Special Talk

対談 vol.1:マレク・ヤノフスキ(指揮) × 鈴木幸一

東京・春・音楽祭は2024年春、20回目の春を迎えます。この対談シリーズは、東京春祭にゆかりの深いアーティストや関係者をゲストに、音楽祭の創設者であり実行委員長を務める鈴木幸一がホスト役となって、これまでの歩みを振り返り、音楽祭の未来を語り合います。第1回のゲストは、音楽祭を代表する公演の一つ「東京春祭ワーグナー・シリーズ」で長年指揮を務める巨匠マレク・ヤノフスキです。対談は2023年4月のワーグナー・シリーズvol.14《ニュルンベルクのマイスタージンガー》の公演を終えた後に行われました。


ワーグナー・シリーズでN響との蜜月再び

鈴木幸一(以下鈴木) 今年も素晴らしい演奏でした。お客さんが熱狂していました。ああいう光景を見るととてもうれしいです。

マレク・ヤノフスキ(以下ヤノフスキ) ありがとうございます。

鈴木 マエストロとの出会いは実に幸運でした。2014年に始めた『ニーベルングの指環』(リング)のチクルス(全作上演)以降、毎年のように「ワーグナー・シリーズ」でNHK交響楽団(N響)の指揮をしていただいています。

ヤノフスキ 私もN響との付き合いが長くなりました。1980~90年代は定期的に、N響のコンサートで複数のプログラムを組んで来日していました。それ以降はパリのオーケストラやベルリンのオーケストラと共に来日はしていましたが、意図して日本のオーケストラと協演はしませんでした。つまりN響とは20年近い、長い空白期間があったのです。
しかし、ウィーン国立歌劇場総監督だったイオアン・ホレンダーさんから、東京・春・音楽祭で『リング』をコンサート形式でやってみないかという提案を受けたことで、N響との関係が再開しました。2014年に《ラインの黄金》を上演し、《ワルキューレ》《ジークフリート》《神々の黄昏》と毎年1作ずつ、4年かけてN響とリング全作を上演しました。当初は映像を投影しながらのコンサート形式でしたね。
もうこれ以上N響を指揮しないだろうと思っていましたが、ご縁は続きました。2022年に《ローエングリン》、2023年に《マイスタージンガー》を上演しました。今さらに、その先の公演についても話し合いをしています。私はもう年を取って体力も落ちているので、この先どこまでできるだろうかと感じていますが。


©︎堀田力丸/東京・春・音楽祭2014

©︎堀田力丸/東京・春・音楽祭2014


鈴木 「ワーグナー・シリーズ」はどの公演も素晴らしいのですが、特に印象に残っている公演を挙げるならば、2016年の《ジークフリート》です。余談になりますが、その年の夏、マエストロがバイロイト音楽祭で指揮をされた《神々の黄昏》も本当に素晴らしかった。舞台演出はさておき、音楽を聴いていて幸せな気持ちになりました。東京春祭ワーグナー・シリーズでは、2014年のリングの序夜《ラインの黄金》も忘れられませんね。

ヤノフスキ 東京で『リング』全4作、《ローエングリン》、《マイスタージンガー》を上演し、日本のみなさまがワーグナーに対して熱狂的な理解があるということがとてもよくわかりました。なかでも《ジークフリード》の評判がとても良かったとお聞きしました。私としては、『リング』はチクルスで上演するのであれば、《神々の黄昏》が最も大事な作品だと思っています。



©︎堀田力丸/東京・春・音楽祭2016

「リング」を契機にN響はドイツらしい響きになった

鈴木 先ほどN響とは長い空白期間があったとおっしゃいましたが、今はN響の定期公演にしばしば登場されていますね。

ヤノフスキ そうですね。これだけ長い間指揮者生活をしていますと、同じ交響曲を何回も何回も演奏することがあります。ベートーヴェンの交響曲第3番《エロイカ》はもう何回指揮をしたかわからないぐらいですが、東京春祭でリング・チクルスを終えた2017年秋、私はN響定期公演で《エロイカ》を振りました。これがパーフェクトに近い演奏でした。とても素晴らしく本当に良い思い出になっていますので、これは特にお伝えしたいと思います。また、2022年5月のN響定期公演で、シューベルトの交響曲第9番《グレイト》を指揮しましたが、これも素晴らしい演奏でした。
N響は1970年~80年代、2人の素晴らしいドイツ人の指揮者によって、音が磨き上げられたのだと思います。ともに1967年にN響名誉指揮者に就任したウォルフガング・サヴァリッシュ(1947~2006年)とヨーゼフ・カイルベルト(1908~1968年)。特に、サヴァリッシュは毎年桜の咲く頃に3、4週間は東京に滞在して、シンフォニーを振るだけではなく、ピアノを自分で弾いて室内楽もご一緒されていました。N響でドイツらしいサウンドのスタイルを作り上げた人だと思います。
しかし、あれから随分と時間が経ってしまいました。楽団員の顔ぶれも随分と変わりました。N響は私とのリングのリハーサルを通じて、いわゆるドイツらしい響き、ドイツの理想的なサウンドを取り戻すことができたのではないかと思っています。

「リハーサルは厳しく、真剣に臨んでいます」

鈴木 N響との《エロイカ》は、2017年4月にリング・チクルスが終わり、その年の11月の公演でした。実に素晴らしかったですね。これも余談ですが、かつてのNHKは番組と音楽の関係が濃密でした。私はNHKの番組でサヴァリッシュさんがピアノを弾きながらシューマンの交響曲を解説する番組を見たことがあります。シューマンの音楽はフレーズの繰り返しが多いですよね。しかし、サヴァリッシュさんは、この繰り返しは一つ一つに違う意味があるのだと解説していたことを覚えています。ヤノフスキさんが東京に頻繁に来てくださってN響と濃密な関係ができ、N響は本当に良いオーケストラになったのではないでしょうか。



©︎堀田力丸/東京・春・音楽祭2014

ヤノフスキ ありがとうございます。私のリハーサルは厳しいですから。私もとても真剣にリハーサルに臨んでいます。それがオーケストラにとっても、良い結果につながっているのだと思います。

鈴木 オーケストラのメンバーも随分前から練習して、マエストロのリハーサルに備えていたと聞きました。私は東京・春・音楽祭を通じて、クラシック音楽にとって良い時代がくるといいなと思っているのですが、マエストロとの出会いはその一つの大きなきっかけになると感じています。


©︎増田雄介/東京・春・音楽祭2023
2023年《ニュルンベルクのマイスタージンガー》

©︎平舘平/東京・春・音楽祭2023
2023年《ニュルンベルクのマイスタージンガー》本公演を終え、N響メンバーからの温かい拍手に笑顔で応えるヤノフスキ氏。


「次世代に続く音楽祭に育ってほしい」

鈴木 パンデミックにより2020年の《トリスタンとイゾルデ》と21年の《パルジファル》は中止になりました。

ヤノフスキ 当時は世界中どこでも公演が中止になりました。ヨーロッパでも今、やっと少しずつお客様が戻ってきているという印象です。本当に高いクオリティの演奏をすれば、必ずお客様は戻ってきてくれると信じています。

鈴木 私は劇団四季創設者の故浅利慶太さん、指揮者の小澤征爾さんとの話をするなかでこの音楽祭を始めることになったのですが、最初はなかなかお客さんが集まりませんでした。

ヤノフスキ 鈴木さんが私財を投じて東京春祭をスタートさせたことは、多くの人が知っていることです。鈴木さんのヨーロッパの文化に対する造詣の深さは、素晴らしいものです。私の妻はフランス人ですが、彼女もそのように言っています。これは本当のことですよ。

鈴木 ほめられるのは恥ずかしいですね。私は敗戦の後に生まれていますから、ヨーロッパへの憧れが抜けないんですよ。東京・春・音楽祭に聴きにきてくださった方の記憶に残るような音楽をお届けしたい。来てくださった方が音楽は素晴らしいなあと感じてもらえたらうれしいですね。

ヤノフスキ 鈴木さんと私は、お互いをよく理解し合えていると思います。これまで何度も一緒に食事をしましたね。すごく酔っ払ってしまうほどに飲んだこともありました。
東京春祭が20回目の春を迎える来年は、私がこの音楽祭に参加するようになってちょうど10年になります。音楽祭というものはバイロイト音楽祭とザルツブルク音楽祭が全く違うものであるように、比較するものではありませんが、ただ申し上げられるのは、東京・春・音楽祭が重要でユニークな音楽祭であるということです。たくさんのお客様が来てくださって、たとえ私や鈴木さんやみなさんが死んでしまった次の世代でも、さらに続いていく音楽祭になることを私は信じています。


©︎平舘平/東京・春・音楽祭2023
2023年《ニュルンベルクのマイスタージンガー》公演直前の瞬間をとらえた一枚。

©︎平舘平/東京・春・音楽祭2023
鈴木幸一と。

取材・文:出水奈美
マレク・ヤノフスキ Marek Janowski

ワルシャワ出身。ドイツで音楽を学ぶ。フランス放送フィル、ケルン・ギュルツェニヒ管、ベルリン・ドイツ響、モンテカルロ・フィル、ベルリン放送響、ドレスデン・フィル等の主要ポストを歴任。2014~17年、東京・春・音楽祭で『リング』チクルスを指揮。16、17年バイロイト音楽祭でも同作を指揮した。

関連公演

東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.15
《トリスタンとイゾルデ》(演奏会形式/字幕付)

日時・会場

2024年3月27日 [水] 15:00開演(14:00開場)
2024年3月30日 [土] 15:00開演(14:00開場)
東京文化会館 大ホール

出演

指揮:マレク・ヤノフスキ
トリスタン(テノール):スチュアート・スケルトン
マルケ王(バス):フランツ=ヨゼフ・ゼーリヒ
イゾルデ(ソプラノ):ビルギッテ・クリステンセン
クルヴェナール(バリトン):マルクス・アイヒェ
メロート(バリトン):甲斐栄次郎
ブランゲーネ(メゾ・ソプラノ):ルクサンドラ・ドノーセ
管弦楽:NHK交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ
/他


チケット料金

S:¥26,500 A:¥22,000 B:¥18,000 C:¥14,500 D:¥11,500 E:¥8,500
U-25:¥3,000


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