JOURNAL
ハルサイジャーナル
《ミサ・ソレムニス》—— 現代に響く “ 内と外の平和への願い”
L.v.ベートーヴェン(1770-1827)の芸術は、幾多の厳しい峰々を経て、53歳の頃に“天上的”と“人間的”な二つの頂に到達した。ミサ曲第2番(《ミサ・ソレムニス》)と《第9交響曲》である。ミサ曲第2番は、内的情感を湛えた第1番とは対照的に、壮大な交響様式と結んで平和祈願をうたいあげ、コンサート会場をすら圧倒する記念碑的様相を呈している。ベートーヴェン自ら「私の最も成功した作品」(1823年各国国王諸侯宛)、「最高傑作」(1824年出版社宛)と自負したことも知られている。
“ミサ・ソレムニス”とは司教以上の聖職者によって執り行なわれる盛儀ミサの総称だが、彼はこれを意図して自作品に用いた。楽譜を手に遠方を見つめる有名な肖像画を思い出していただけるだろうか。絵が仕上がる頃、「“ミサ・〇調”と書き込みたいのですが」と画家シュティーラーに問われると、「Missa solemnis / aus D ミサ・ソレムニス ニ長調」と答え(1820年4月会話帳)、作品の完成後はルードルフ大公への献呈譜、予約者用の筆写楽譜、初版の外側表紙にもこの名が掲げられて作品の代名詞となっていった。
だが音楽は難解とされた。本来、教会音楽は信仰共同体における祈りと讃美を本質とするのだが、その点でこのミサ曲は聴き手を戸惑わせる要素が多く、「器楽的な声楽書法による純交響的作品」(ヴァーグナー)、「苦渋にみちた平和への呼びかけ」(ロマン・ロラン)、「異化された大作」(アドルノ)などと称されてきた。しかしそれにもかかわらず、ここでは真摯な祈りが高次の芸術的表現を通して力強く響きかけている。その一端をみてみよう。
よく知られているように契機は1819年3月。ベートーヴェン最大の支援者で作曲の弟子でもあったルードルフ大公がモラヴィアの宗教都市オルミュツ大司教に就任することが決定。かねて「真の教会音楽」を書きたいと願っていたベートーヴェンは、直ちに「私のミサ曲が式典で用いられるその日こそ生涯最良の日です、その慶祝に微力を捧げます」と述べて、グレゴリオ聖歌、パレストリーナ、ヘンデル、バッハを研究しつつ作曲を進めていった。だが、翌1820年3月9日の叙任式には間に合わず、式典ではフンメルのミサ曲op.77が演奏された。完成した浄書譜が大公に渡されたのは、着手から4年を経た1823年3月19日だった。興味深いことにその間の膨大なスケッチには、ミサ曲、オラトリオと並んで、古く敬虔な声楽付きの交響曲が共時的に構想されている。折しもミサ曲が完成した頃、しばらく中断していた交響曲の「歓喜に寄す」のテキストが決定され、平和を祈願するミサ曲のメッセージは《第9》へと受け継がれていった。
ミサ曲はベートーヴェンの意欲そのままに、教会音楽としては異例の仕方で広く発信された。ラテン語式文にドイツ語訳をつける提案がなされ(実現せず)、各国の国王諸侯に向けて「オラトリオとしても演奏可能です」と宣伝して、筆写楽譜の予約を募る(1822年12月)。このとき予約を申し出たフランス国王など9名と1団体の中に、ロシア貴族ニコラウス・ガリツィン侯爵が含まれていた。侯爵は一カ月前に3曲の弦楽四重奏曲(のちのop.127、130、132)をベートーヴェンに委嘱したばかり。熱烈なベートーヴェン愛好者の彼は、サンクトペテルブルクの音楽家未亡人協会の慈善演奏会でこのミサ曲を上演すべく、ベートーヴェンと頻繁に手紙を交わす。弦楽四重奏曲の代金として振込んでいた50ドゥカートをミサ曲にあてると、1823年10月ウィーンのロシア大使館経由で楽譜を発送。翌1824年4月7日、受難節前の水曜日(ロシア暦3月26日)に、ミサ全曲が旧フィルハーモニー・ホールで「オラトリオ」として演奏され、これが初演となった。演奏会は大成功をおさめ、「独創的で崇高なこの傑作がベートーヴェン崇拝者に与えた印象は絶大だった、すぐれた作曲家に感謝を捧げる」と報じられる(総合音楽新聞5月27日)。
一方、ウィーン上演は手間取った。この地では18世紀以来、オラトリオなど宗教作品を交響曲と組んで慈善演奏会で演奏する習慣があったから、ベートーヴェンはミサ曲を新作交響曲と一緒に演奏しようとしていた。だが、教会の権威を保護するためか、教会音楽を教会の外でそのまま演奏することは、当局から禁じられていた。ではミサ曲をどう演奏するか。会話帳には緊迫したやりとりがみられる。「讃歌、讃歌です」「うまくいかないならオラトリオで」「昨日はミサ曲が禁止されるのではないかと不安でした」などなど。結局、ベートーヴェンは「3章のみを聖歌として上演する」ことを宮廷検察局に申請。5月7日、〈キリエ〉〈クレド〉〈アニュス・デイ〉が《大讃歌》として《献堂式序曲》《第9交響曲》とともにケルントナートーア劇場において演奏された。総指揮ベートーヴェン、実質指揮ウムラウフ、合唱は約90名であった。なお、教会のミサ典礼としては1830年6月29日、北ボヘミアのヴァルンドルフ教会が初演だが、最新の報告によればボヘミアの教会になお複数の筆写譜が現存している。
《ミサ・ソレムニス》は革新にみちている。ベートーヴェンは真の教会音楽を目指し、その目的を「歌手と聴衆に宗教的な感情を起こさせること」と表明している(1824年シュトライヒャー宛)。長らく抱いてきた神に対する人間の関係を彼自身の問題として確認し得たのであろう。だがここでの音楽は、既存の教会音楽の枠をこえ、“個人の宗教感情”をドラマティックに前面に示すものであった。
その背景のひとつにナポレオン失脚後の社会情勢をあげることができる。1815年ロシア・オーストリア・プロイセンはヨーロッパ秩序を平定すべく、ロシア正教・カトリック・プロテスタントによる三国神聖同盟を結んで、自由で超教派的キリスト教ヨーロッパを目指した。青年期に自由思想の薫育をうけたベートーヴェンがこの動向に敏感でないはずはなく、自由なキリスト教音楽を目指したことが推測される。さらに《ミサ・ソレムニス》の作曲当時は、カトリック界においても個人の宗教感情が重視される傾向がみられた。ある研究者によれば、ベートーヴェンはミサ曲にとりかかった頃、反体制的なカトリック神学者ミヒャエル・ザイラーと交わりをもっていた。二人は互いに尊敬し、カトリックの公的枠組みではなく、個々人の信仰の内面的経験に優位をおくザイラーの姿勢を、ベートーヴェンは賞賛していたという。
では、そうした動きはどのように音楽に表現されたのだろうか。短く確認しておきたい。
キリエ(憐れみの章)において独唱が各部を牽引する力にまずは驚かされるのだが、注目すべきはグローリア(栄光賛美の章)における式文テキストである。第3セクションで「ミゼレレ・ノービス miserere nobis(私たちを憐れんでください)」と歌う箇所で、式文にない感嘆詞 Oh(おお)、Ah(ああ)が挿入されて個人の感情があふれ出す。
中心はクレド(信仰告白の章)である。この章はそもそも全曲で唯一「私」が主語となって信仰を告白してゆくのだが、さらにセクションごとに式文にない「クレド credo(私は信じます)」の語が打ち込まれ、これが「私」を強調しつつ楽曲のモットーとして全体を統制する。いわば個人的な宗教感情が音楽構造と一体化されるのである。特筆されるのは、受肉のくだりである。「エト・インカルナートゥス・エスト Et incarnatus est(そして、肉に入られた)」が意表をついて教会旋法ドリア調で歌われたのち、やがて、「エト・ホモ・ファクトゥス・エスト et homo factus est(そして、人となられた)」が本来の主調で登場。すなわち「人である私」が現実の調で現前する。また「エト・レズルレクシット Et resurrexit(よみがえられ)」では無伴奏合唱がアルカイックな響きの空間をつくり、過去の様式を通じて神秘が強調されるとともに、聴衆に新鮮な感情を生起せしめる。重要なことはこれらを通して時代そのものが止揚され、“今このときの信仰告白”が聴き手に表明されることであろう。
祈りはアニュス・デイ(平和祈願の章)に集約される。後半「ドーナ・ノビス・パーチェム Dona nobis pacem(私たちに平和を与えてください)」にベートーヴェン自ら「内と外の平和への願い Bitte um innern und äußern Frieden」とドイツ語で書き入れた箇所。平穏の中に進んでゆくとトランペットとティンパニの軍楽的な響きが現れ、不安げにアルト独唱が「アニュス・デイ Agnus Dei(神の子羊、憐れんでください)」と訴えかける。いったんは「ドーナ・ノビス・パーチェム Dona nobis pacem(私たちに平和を与えてください)」によって平和が訪れるのだが、またもやティンパニが響いて戦争が再開されるようだ。しかし、それでも世界は「ドーナ・ノビス・パーチェム」に大きく包まれる。おそらく永遠に――。分断と絶望に対する“人と外界への祈り”、そして葛藤と克服、このことが劇場的な物語とともに切実な現代性をおびて一人一人に響きかけてゆく。ここにベートーヴェン自身と神との問題がひとつの仕方で示されている。
関連公演
東京春祭 合唱の芸術シリーズ vol.12
ベートーヴェン《ミサ・ソレムニス》
日時・会場
2025年4月4日 [金] 19:00開演(18:00開場)
2025年4月6日 [日] 15:00開演(14:00開場)
東京文化会館 大ホール
出演
指揮:マレク・ヤノフスキ
ソプラノ:アドリアナ・ゴンザレス
メゾ・ソプラノ:ターニャ・アリアーネ・バウムガルトナー
テノール:ステュアート・スケルトン
バス:タレク・ナズミ
管弦楽:NHK交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:エベルハルト・フリードリヒ、西口彰浩
曲目
ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス(荘厳ミサ曲) ニ長調 op.123
チケット料金
S:¥17,500 A:¥15,000 B:¥13,000 C:¥11,000 D:¥9,000 E:¥7,000
U-25:¥3,000