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続・ふじみダイアリー 今日のハルサイ事務局

3年ぶりのワーグナー・シリーズ始動! 現場を円滑に進める舞台通訳のお仕事

3年ぶりのワーグナー・シリーズ始動! 現場を円滑に進める舞台通訳のお仕事

 東京春祭のワーグナー。復活です! 残念ながら2年連続で中止となっていた「ワーグナー・シリーズ」が、今年は3月30日(水)、4月2日(土)の《ローエングリン》で帰ってきます(東京文化会館大ホール)。マエストロ・マレク・ヤノフスキも2017年《神々の黄昏》以来のハルサイ登場。重厚ながらも柔軟で自然な巨匠のワーグナーに、ぜひご期待ください。

今年の合唱リハーサルの様子から。合唱指揮のエベルハルト・フリードリヒさんの指導を通訳する斎藤さん

 このシリーズの第1回(2010年《パルジファル》)からドイツ語の通訳をお願いしているのが、斎藤恵理さんです。オペラの現場の通訳のお仕事について斎藤さんにお聞きしました。
「気がついたら、スーツじゃなく、動きやすい格好で舞台裏を走り回るのが仕事になっていました」
 斎藤さんのお仕事は音楽稽古から始まります。オーケストラ、合唱、そして日本人ソリストのリハーサル。とくに、海外の合唱指揮者やヘッドコーチ役のコレペティトールが来日する声楽のリハーサルでは、ときには一日8時間もずっと張り付いていただくことも。
「レッスンを間近で拝見していると、ヘッドコーチや合唱指揮者の方の最後のひと押しがとても大きいことがわかります。もちろんソリストの皆さんも日本側の声楽スタッフも、すでに高いレベルで準備しているのですが、そこに上乗せすることで、表現やディクションが格段に違うレベルに変わるのです。舞台には出てこない彼らの力はすごく大きいのだなあと感じます。それを少しでもお手伝いできるのは、とてもうれしいですね」
 舞台稽古が始まってからの斎藤さんは、通訳という仕事の枠を超えて、ほぼ舞台監督チームの一員です。ヴォーカル・スコアを片手に、何気なくつねに外国人歌手たちの居場所を確認して、出番に遅れないように気づかってくれたり。以前の稽古中に一度だけ、出番が近いのに見当たらない歌手を探し回ったら、リハーサル室で別日のリート・リサイタルの練習をしていたということがあったそうです。『出番ですよ!』『え!もうそんな時間!?』と慌てて二人で舞台袖に走ったのだとか。
「通訳の仕事はここまで、と分けて考えるのではなく、スタッフの一人として、いまどこに動いたほうがいいのか自分で考えながら、必要なところはどこへでも。なによりも大事なのは、出演者をできるだけ気持ちよく舞台に送り出して、無事に本番が終わることですから」
 少女時代をミュンヘンで過ごした斎藤さん。家から近いバイエルン国立歌劇場に通い詰め、家でもスコアを眺めながらオペラばかり聴いていたのだそう。オペラ好きは筋金入りです。
「公演中、舞台裏に聞こえてくるワーグナーが、思わず心に染みることがあります。客席で演出付きで見るオペラとは異なる観点で、純粋に音楽として聴くことができるからなのかもしれませんね。そんな新しい発見もあるのです」
 日本でも海外でも、舞台の現場には隠語や符牒、専門用語が溢れています。ドイツ語圏の劇場の舞台用語をひとつだけ教えてもらいました。日本では舞台の右側を「上手(かみて)」、左側を「下手(しもて)」と呼びますが、これがたとえばベルリン国立歌劇場だと、「シャルロッテンブルガー・ザイテ Charlottenburgerseite=シャルロッテンブルク側」と「ベルリナー・ザイテ Berlinerseite=ベルリン(旧市街)側」、ウィーン国立歌劇場なら「シュタット・ザイテ Stadtseite=市街側」と「ブルク・ザイテ Burgseite=王宮側」と呼ぶのだそうです。どちらも劇場の外の場所で方向を示す、地図に由来する呼び方です(ベルリン国立歌劇場とシャルロッテンブルク宮殿は7キロぐらい離れていますけれども)。面白いのは、彼らは引越し公演で東京文化会館にやってきてもこの呼び方を使っているそうで、「ツォー・ザイテ(動物園側)」「アザクザ・ザイテ(浅草側)」にはならないのですね。
 東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.13《ローエングリン》は、先週末にマエストロ・ヤノフスキが無事に来日していよいよリハーサル開始。斎藤さんの「本番」が始まりました。



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