作品18の6曲（第1～6番）のなかでいちばん最後に書かれた曲で、挑戦の意欲に満ち溢れていた初期の秀作。第1楽章はソナタ形式のアレグロ。暗い情念のほとばしりを想わせる第1主題、対照的に明朗な第2主題。割り込むようにザン、ザン、ザンとトゥッティで鳴らされる和音が強烈。第2楽章はソナタ形式のアンダンテ。フーガ風に始まる音楽は3拍子で、テンポの遅いスケルツォ。舞曲の解放感より、内向きの感情が目立つ。第3楽章はメヌエットだが、アレグレットのテンポはむしろスケルツォに近い。トリオでは対照的に第2ヴァイオリンとチェロがコケティッシュに明るい会話を交わす。第4楽章はロンド形式のアレグロ。前楽章を引き継いで怯えたようにヴァイオリンが疾走するが、すぐさま伸びやかな楽想が登場する。気分の劇的な変転が目まぐるしい。悲劇性を深めながらコーダではモーツァルトの《ジュピター》音型を引用しつつ急激に曲を閉じる。

　自ら「セリオーソ（厳粛な）」と名付けたが、その裏には恋多き作曲家の失恋体験があったようだ。切迫したユニゾンで開始される第1楽章はソナタ形式のアレグロ。切々と訴えるような第１主題に続く第2主題は平明で美しい。呟くように開始される第2楽章はソナタ形式のアレグレット。穏やかな風情にもかかわらず、対位法的な第2主題は非常に内省的。とまどいを感じさせる緩徐楽章は、憂鬱なムードに支配されている。減7の和音のアタッカで、第3楽章に続く。スケルツォとトリオが繰り返される五部形式で、不安げなトリオ主題に「serioso」の指示が初めて登場する。第4楽章はラルゲット～アレグレットのロンド形式。流麗だが、悲痛そうに疾駆し、すべてを振り払うかのような明るいコーダで終曲する。ちなみに、ベートーヴェンは本曲を書いたのち、第12番に着手するまでの約14年間、弦楽四重奏曲の作曲から離れることになる。

　9曲の交響曲、32曲のピアノ・ソナタを書き終えたベートーヴェンの最後から二番目の弦楽四重奏曲。形式・内容ともに破格の傑作と言って異論はないだろう。ガリツィン侯爵から委嘱された3曲（第12・13・15番）を完成した直後に筆を起こし、死後、出版された（作品番号が完成順と異なるのは出版年が前後したため）。7つの楽章から構成されるが、全体は間断なく演奏される。アダージョの第1楽章は幻想的かつ自由なフーガ。ヴァイオリンが孤独な歌を奏でると、他の楽器が次々と寄り添っていく。第2楽章はロンド・ソナタ形式の快活なアレグロ。自由な飛翔への憧れを想わせる。わずか11小節の第3楽章は哀切なアダージョの序奏で、その導入を受けた第4楽章は、主題と6つの変奏からなり、慰めにみちた歌がフーガの余韻を聴かせる。チェロの合図でいっせいに楽器が駆け回る第5楽章は、急速なプレスト。28小節の第6楽章は、またしてもアダージョの序奏。古い讃美歌のようなメロディを断ち切るようにアレグロの最終楽章が始まる。悲壮美に満ちたドラマティックなソナタ形式だ。