「運命交響曲」と「英雄交響曲」の対照的な性格を表わす際、“同主調の裏表”という表現が好まれる。3つの「♭」をもつハ短調と変ホ長調を、それぞれ“否定的”、“肯定的”な楽想を意味する調性と見なすのだ。後者（「英雄」）と同じ、つまり変ホ長調の本曲はポジティヴな大らかさが信条。
　長い序奏をもつソナタ形式の第1楽章。三者が絡む曖昧模糊とした序奏のあと、テンポを速めた勇壮なテーマがチェロで奏でられる。やがて対照的なテーマがチェロに導かれ、序奏部と2つの主題が繰り返されながら展開していく。最後は田園舞曲風のリズムで陽気に締めくくる。第2楽章はロンド形式。楽し気なハ長調のテーマと、決然としたハ短調のテーマ。ヴァイオリンの長閑な歌から始まる第3楽章は、楽器の応酬が楽しい第1トリオに、厳粛な雰囲気の第2トリオが続く。分散和音から美しくテーマを奏でるピアノの扱いが絶妙。ソナタ形式のアレグロ終楽章では、序奏に続いて短いが雄渾なテーマが現れる。音階を駆け上るような第2主題も愉しい。嵐のような転調が音楽を高揚させたのち、静かに第1主題を振り返って一気に全奏で曲を結ぶ。

　すでに交響曲第4番を書き終えて、円熟の極にあった53歳のブラームスが残した名作。このあと、クラリネット奏者のミュールフェルトとの出会いがあるまで、作曲家は長いスランプに苦しむ。ブダペストで行なわれた初演にはブラームス、フバイ、ポッパーと当代の名手が顔を揃えた。
　大悲劇を予告するようなテーマから開始される第1楽章はソナタ形式。ヴァイオリンとチェロのユニゾンで奏でられる第2主題は、ブラームスの“泣き節”が全開で、早くも聴衆の心を鷲づかみにする。短調の第1主題と長調の第2主題がぶつかり合う、劇的な展開が聴きどころ。第2楽章は急速なスケルツォ。弱音器つきの弦楽器が、不安な面持ちで足早に駆け抜ける。ピアノのあとをチェロ、ヴァイオリンがピッツィカートで追いかける。ゆるやかなトリオも短調のまま気分を変える気配はない。メヌエット的な扱いの第3楽章は4分の7の変拍子で始まる。ゆったりしたテンポは、手をつないで踊るブルガリアの民族舞曲のようだ。ブレイクによる入れ替わりを想わせる快速な中間部では、リズム構成がより複雑さを増す。ソナタ形式の終楽章では、哀愁漂うラプソディックな第1主題をヴァイオリンが歌い始める。憂いを深める第2主題はト短調。チャールダーシュ風のピアノの煽り。逡巡しながらも徐々に高揚してゆく音楽は、長調に転じた冒頭のテーマを雄渾に奏でて、華麗に曲を閉じる。全体に濃厚なハンガリー色が漂うのは、フバイとポッパーの両人を意識したためだろうか。

　31歳で病に侵され、病苦と貧困のうちに亡くなった……シューベルトの早過ぎる晩年をそんなふうに思っている音楽ファンも多いかもしれないが、この点に関しては、研究者のあいだで見直しが進んでいるという。ウィーン楽友協会で催された本作の初演は大成功を収め、続く2回目の演奏会では320フローリン（おそらくシューベルトの年収に匹敵する額）を稼ぎ出し、結果的に存命中に唯一、国外出版が実現した作品となった。また、若き作曲家は楽友協会の補助理事にも就任し、経済的安定性と名声を得つつあった。その最中におとずれた突然の死……というわけである。
　この長大なピアノ三重奏曲が書かれた1827年頃、シューベルトはハ長調の大交響曲（グレート）や最後の3つのピアノ・ソナタなどで、音楽の規模を極限まで拡大させていた。第1楽章はアレグロのソナタ形式。ユニゾンで始まる冒頭から、重々しさと軽妙さの対比が大きな振幅をもって表現される。ゼクエンツ（反復進行）への愛着も聴きとれる。三部形式の緩徐楽章は、スウェーデン民謡からメロディを借用したというチェロの詠唱から始まる。ピアノの伴奏音型を含めて、シューベルトのリートの世界そのものだ。中間部には恐怖にも似た暗鬱な嘆きが待ち受けるが、ヴァイオリンの力強い歌に蹴散らされる。第3楽章のスケルツォの音楽はカノン進行。諧謔さよりも愉悦感が勝るテーマだ。トリオでも愉快な歩みは止まらない。ロンド・ソナタ形式の終楽章には、前の3つの楽章の要素が満遍なく登場する。全846小節を奏するには十数分はかかる長大なフィナーレだ。充足感に満たされた回想の時は、喜びの爆発で終曲する。