《魔笛》はモーツァルト（1756-91）生涯最後のオペラ。シカネーダーの台本には矛盾も多いが、音楽はそれを補って余りあり、いちだんと輝きを増す。第2幕、ザラストロの神殿で「沈黙」の試練を受ける王子タミーノ。そこに愛するパミーナが現れるが、タミーノは試練ゆえ話すことができない。愛を失ったと思いこむパミーナは嘆き悲しみ、この悲痛なアリアを歌う。

　ワーグナー（1813-83）前半生のオペラには、純粋な女性による救済という共通モティーフがある。《ローエングリン》の第1幕で、エルザは無実の罪に問われる。そこで気高い騎士が自分を救いに現れる夢を見た、と語るのがこのアリア。清らかな歌は「聖杯」「ローエングリン」の動機を響かせ、次第に高揚していく。

　《タンホイザー》は《ローエングリン》の前作で、「精神」と「欲望」の葛藤を描く。ミンネゼンガー（恋愛歌手）であるタンホイザーは、ある時失踪し、官能の女神ヴェーヌスのもとで自堕落な日々を送っていた。しかし巡礼者の一行を見て改心、帰郷することになり、恋人である清純なエリーザベトはその喜びを輝かしく高らかに歌い上げる。

　《さまよえるオランダ人》は《タンホイザー》の前作。神を嘲った罰として永遠に海をさまよい続けるオランダ人伝説をもとに、従来のオペラスタイルから一歩を踏み出したワーグナーの記念碑的作品。ノルウェー船の船長ダーラントの娘ゼンタは、家の壁にかけられたオランダ人の肖像を眺めて彼の不幸を語り、それを救う女性は私だ、と憑かれたように歌う。

　音楽史は《トリスタンとイゾルデ》によって一つの転換を迎えた。ワーグナーは４作からなる超大作《ニーベルングの指環》の作曲を中断し、この楽劇を作曲。トリスタンとイゾルデの道ならぬ愛の行方が、微妙に揺れ動く調性の変化とともに描かれる。物語の結末で、トリスタンの死を追うイゾルデが音楽の圧倒的高揚のなか、愛の至福の成就を歌う。

　モーツァルトの数あるオペラの中でも、ダ・ポンテの台本による三部作は深い人間描写で別格の評価が与えられている。その一つ《ドン・ジョヴァンニ》は、放蕩の限りをつくした貴族ドン・ジョヴァンニが地獄に落ちるまでを描くが、終幕近く、彼に父を殺されたドンナ・アンナは、その復讐前に自分を責める婚約者に悲痛な愛のアリアを歌う。

　ダ・ポンテ＝モーツァルトに匹敵するオペラを残したのが、ホフマンスタール＝ R.シュトラウス（1864-1949）によるコラボ。《エジプトのヘレナ》は二人が協働した最終作で、ギリシャ悲劇を絢爛たる音楽で描いた。トロイへ男と逃げたヘレナを許さないメネラスは、女魔術師の秘薬によってそれを忘れ、二人は再び結ばれる。翌朝ヘレナは第二の初夜の喜びを高らかに歌う。

　《エレクトラ》は、ホフマンスタール＝ R.シュトラウスの第1作。ギリシア悲劇に材を得て、前作《サロメ》を凌ぐ、調性が崩壊する寸前の斬新な音に充ちている。父アガメムノンを母と愛人に殺されたエレクトラは、亡き父の名を呼びながら弟たちと「必ず復讐を遂げる」と叫ぶ。長大なモノローグとそれを支える巨大な表現力が聴き手を圧倒する。