ブラームスは23歳の時、バリトン歌手ユリウス・シュトックハウゼンと知り合った。彼はブラームスの歌曲のよい伴侶となり、この連作歌曲集を作曲する動機を作ってくれた。最初の6曲は1861年に着手、1865年に2冊に分けて出版され、残りの9曲は1869年に出版された。同年にはブラームスのピアノ伴奏とシュトックハウゼンの歌唱により初演され、作品はシュトックハウゼンに献呈された。
　テクストとなったのは、19世紀ドイツ・ロマン派の作家ルートヴィヒ・ティークの作品だが、マゲローネの説話そのものは古く、中世ヨーロッパにまでさかのぼる。ティークの原作は全18章で構成されており、各章にはそれぞれ1篇の詩が挿入されている。ブラームスはその中から15篇の詩を選んで付曲した。第10曲と第13曲にはそれぞれ「絶望」、「スリマ」という原詩にはない表題がつけられている。
　内容は、美しきナポリ王女マゲローネと、プロヴァンスの伯爵ペーターとの様々な冒険に彩られた恋物語である。簡単に各曲の内容をみると、まず第1曲は、ペーター伯爵に向けて、とある吟遊詩人が諸国遍歴の旅へと誘う歌で始まる。第2曲は、その歌に鼓舞されて旅立ったペーターの勇ましい決意。第3曲は、旅の途中、ナポリで催された馬上試合で見初めた美しき王女マゲローネに恋焦がれる情熱的な歌。第4曲は、ペーターがマゲローネの乳母に託した歌で、王女への熱烈な愛を告白する。第5曲は、ペーターからマゲローネへの2通目の恋文。時に疑心暗鬼にもなり、陰に陽に激しく揺れ動く恋心を歌う。第6曲は、初めての逢引きの約束を取り付け、あふれ出す歓びを抑えきれないペーターが、何とか心を鎮めようとする。第7曲は、幸せな逢瀬を思い返して、自室でリュート片手に恋の陶酔に耽る。しかし第8曲では、恋敵が現れ、恋の成就も風前の灯火となった二人は、駆け落ちを決意する。ペーターは愛用のリュートとの別れを惜しみつつ、明日へ希望をかけて歌う。第9曲、駆け落ちに成功してナポリを脱した二人だったが、途中でマゲローネが疲れてしまい、ペーターは彼女を木陰に休ませて子守唄を歌う。第10曲では、マゲローネに贈った指輪を鳥がかすめとってしまう。それを追いかけてペーターは舟で海へと漕ぎ出すが、運悪く嵐に遭って、マゲローネと離れ離れとなってしまい、彼は深く絶望する。第11曲、取り残されたマゲローネはさすらいの旅を続け、とある山小屋の老夫婦のもとに住み込む。そこで紡ぎ車を前にして寂しさを嘆く。第12曲では、ペーターは難を逃れて、さるスルタンの庭番となる。そこで彼はマゲローネを想い、あらためて別離の悲しみを歌う。第13曲は、ペーターを慕うようになったスルタンの娘スリマが、彼に切々と想いを伝える。第14曲、ペーターはマゲローネへの想いを断ち切れず、駆け落ちしようと誘われたスリマをかわして一人、舟で脱出する。第15曲は、ついにマゲローネとの再会を果たしたペーターが、永遠に変わらぬ愛を誓う。