JOURNAL
ハルサイジャーナル
J.シュトラウス2世《こうもり》名盤紹介
「みんなシャンパンが悪いのよ」で朗らかに決着をつけてしまうヨハン・シュトラウス2世の《こうもり》。魅力的な音楽が詰め込まれたこの作品は、舞台のみならず、録音で聴くのもまた楽しい。
やはり本場、ウィーンらしい演奏といえば、クレメンス・クラウス指揮ウィーン・フィル盤(1950年)だ。音声はモノラルだが、デッカ・レーベルならではの輪郭のはっきりとした音質が、当時の雰囲気をよく伝えてくれる。
かつてのウィーンの息吹を伝える最後の巨匠といわれたクラウス。キレが良く、弾力性もあって、テンポのメリハリもある。古き良きウィーンのひなびた雰囲気を残しつつ、スタイリッシュにまとめるのがクラウス流だ。
序曲
当時ウィーンで活躍していた歌手もずらりと顔を並べる。なかでも、ロザリンデ役のヒルデ・ギューデンによる甘酸っぱさと貫録が同居しているような歌唱に耳が奪われる。ヴィルマ・リップのアデーレや、アントン・デルモータのアルフレードなど、往年の名歌手の美声も輝かしい。
第2幕 ロザリンデのチャールダッシュ「故郷のしらべ」
第一次世界大戦の前年にサラエヴォで生まれたオスカー・ダノンの指揮によるウィーン国立歌劇場管による《こうもり》(1963年)もじつに華やか。そして、ギラギラとした熱気を感じさせる活気ある演奏だ。アイゼンシュタイン役のエバーハルト・ヴェヒター、フランク役エーリヒ・クンツなど歌手も個性派ぞろい。なかでも、ファルケ役のジョージ・ロンドンが異彩を放つ。その堂々たる声を耳にしていると、まるで《ワルキューレ》のヴォータンが槍を引っさげて舞踏会に現れたような心地に。
第2幕 終曲より(3分35秒〜)
第2幕の余興にあたる場面では、アデーレ役のアンネリーゼ・ローテンベルガーが《春の声》を披露してくれるのも嬉しい。
第2幕より シュトラウス:春の声
全曲盤としての完成度の高さでは、カルロス・クライバー指揮バイエルン歌劇場管による演奏(1975年)の右に出るものはない。決してウィーン風ではないが、颯爽としつつうねるような音楽の運び、細やかに練り上げられた表現。完璧主義者だったクライバーがこの曲の全曲録音を残してくれたことに感謝したい。
歌手も充実している。ヘルマン・プライ(アイゼンシュタイン)、ユリア・ヴァラディ(ロザリンデ)、ルチア・ポップ(アデーレ)の最初の幕の三重唱を聴くと、そのアンサンブルの美しさにホレボレしてしまう。
第1幕 三重唱
《こうもり》の第2幕は、舞踏会の場面。宴会の余興として、オペレッタの筋とはあまり関係のない音楽が挿入されるのが通常だ。クライバー盤では、シュトラウスの《雷鳴と電光》が演奏されていた。
この日のオペレッタには登場しない歌手が次々に舞台に現れ、自分の得意な歌を歌うという、ガラ・パフォーマンスを繰り広げることも。ウィーンでの大晦日公演では、「今年も劇場に通ってくれてありがとな」といわんばかりに、ゲストのスター歌手が隠し芸的に美声を披露してくれたりする。
その華やかさをスタジオ録音で再現したのが、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィル盤(1960年)だ。ガラ・パフォーマンスのゲストとして、デッカ・レーベルに所属するレナータ・テバルディ、マリオ・デル・モナコ、ジョーン・サザーランド、ユッシ・ビョルリンクといった神様級の名歌手たちが登場。豪華すぎるパフォーマンスを繰り広げる。
なかでも、ワーグナー作品などで強靭な歌唱を聴かせるビルギッド・ニルソンがミュージカル《マイ・フェア・レディ》のナンバーを歌うという、ここでしか聴けないレアなものも(歌唱の最後にその本領を発揮してくれる!)
フレデリック・ロウ:ミュージカル《マイ・フェア・レディ》の「踊り明かそう」
ジュリエッタ・シミオナートとエットーレ・バスティアニーニによる《アニーよ銃をとれ》からのデュエットも。なんて芸達者なんだ!
アーヴィング・バーリン:《アニーよ銃をとれ》より「なんでもあなたはできる」
このカラヤン盤の録音が行われた1960年の大晦日、カラヤンがウィーン国立歌劇場で《こうもり》を指揮したライヴ録音も残されている。もちろん、こちらもガラ・パフォーマンス付きだが、ライヴならではの雰囲気がたまらない。ジュゼッペ・ディ・ステファノがすさまじい歓声に迎えられ、《オ・ソレ・ミオ》を歌う。
ナポリ民謡:オ・ソレ・ミオ
舞踏会のホストとなるロシア貴族のオルロフスキーは、メゾ・ソプラノが配役される(最近は、カウンターテナーも活躍)。このライヴ盤では、ゲルハルト・シュトルツェを起用。ワーグナーの《ニーベルングの指環》のミーメ役として、その独特なミャーミャー声で知られたキャラクター・テノールだ。第3幕のフィナーレでは、その奇抜なる声でトゥッティでも目立ちまくり(カラヤンのドライヴ力もすごい)。
第3幕 終曲
その他の個性的な演奏としては、戦後のベルリン楽界の立て役者だったフェレンツ・フリッチャイがRIAS交響楽団を指揮した録音(1949年)をまず上げたい。いかにもベルリンのシュトラウスといった感じで、アイゼンシュタイン(ペーター・アンデルス)の登場場面、またはフィナーレで歌手がユニゾンで歌うところなど、滑舌よく強烈なアクセントで、まるでブレヒト&ワイルを聴いているかのよう。シャンパンが悪いのではなく、資本主義が悪いのではないか、みたいな。
第1幕 アイゼンシュタインとブリントの登場
第3幕 終曲
アンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィルによる1990年の録音も独特だ。プレヴィンの音楽作りは丁寧で、彼らしい大きな抑揚で歌わせる。しかし、どこかヒンヤリしている。
キリ・テ・カナワのロザリンデ、ウォルフガング・ブレンデルのアイゼンシュタインは、妙にマジメで、きっちりと歌う。極め付けは、エディタ・グルベローヴァの歌うアデーレ。オッフェンバック《ホフマン物語》の機械少女オランピアを思わせるメカニカルさなのだ(アデーレという人物の一つの側面を印象づける)。
第2幕 アデーレのアリア「侯爵様,あなたのような方は」
これこそ、20世紀後半を象徴するような《こうもり》ではないか。古きよきウィーンは遠い昔。このウィーン・フィルの響き自体がそう言っているようにも感じる。
2幕のほとんど全員が酩酊しかかっている場面で、ファルケはこう歌う。「兄弟そして姉妹に、私たちはなろう。いつまでも永遠に」と。ベートーヴェンの第九を思わせる歌詞だ。そのあとの出席者全員が合唱でその言葉を歌い継ぐ場面の美しさ。ベロベロに混濁しそうな意識のなかからこそ、ふっと生じる理想へまっすぐな憧れ。プレヴィンは、この音楽をまるで宗教曲のように奏でている。
第2幕 終曲より(1分46秒〜)
関連公演
《こうもり》(演奏会形式)
日時・会場
2025年4月18日 [金] 15:00開演(14:00開場)
2025年4月20日 [日] 15:00開演(14:00開場)
東京文化会館 大ホール
出演
指揮:ジョナサン・ノット
アイゼンシュタイン(バリトン):アドリアン・エレート
ロザリンデ(ソプラノ): ヴァレンティーナ・ナフォルニツァ
アデーレ(ソプラノ):ソフィア・フォミナ
ファルケ博士(バリトン):マルクス・アイヒェ
オルロフスキー公爵(メゾ・ソプラノ):アンジェラ・ブラウアー
ブリント博士(テノール):升島唯博
フランク(バス・バリトン):山下浩司
イーダ(メゾ・ソプラノ):秋本悠希
管弦楽:東京交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:米田覚士
/他
曲目
J.シュトラウス2世:喜歌劇《こうもり》(全3幕/ドイツ語上演・日本語字幕付)
上演時間:約3時間(休憩含む)
チケット料金
S:¥25,500 A:¥21,500 B:¥17,500 C:¥14,000 D:¥10,500 E:¥7,500
U-25:¥3,000
