オルガ・ノイヴィルト：フォンダメンタ II
　オーストリア出身の現代音楽作曲家でヴィジュアル・アーティストのオルガ・ノイヴィルトが1998年に作曲した《フォンダメンタ II（Fondamenta II）》は、バスクラリネット、バリトンサックス（または2本目のバスクラリネット）、チェロのための室内楽曲。「Fondamenta（フォンダメンタ）」とは、伊ヴェネツィア特有の用語で、運河沿いにある「石畳の歩道」のこと。本作は、ロシア出身でノーベル賞詩人のヨシフ・ブロツキーが描いた「冬のヴェネツィアの孤独」「水鏡に映る時間の残酷さ」を音化したもので、複数の異なる美的感覚、ジャンル、アプローチを組み合わせた「中間芸術（Art-in-Between）」の作曲スタイルを採用している。

ジェルジ・クルターグ：ある小説からの15の情景
　ジェルジ・クルターグが1982年に作曲した《ある小説からの15の情景》は、ソプラノ、ヴァイオリン、コントラバス、そしてハンガリーの民族楽器「ツィンバロン」のための声楽曲。内容は、ハンガリー在住のロシア人詩人ダル・ロベルト（本名：リンマ・ダロシュ）の詩にもとづいており、クルターグ特有の緻密な音響設計と凝縮された表現（例えば、ソプラノ歌手は、囁き、叫び、喘ぎ、そして突然のヒステリックな嗤いを求められる）を通して、簡潔かつ断片的な各情景の音楽が聴き手に強烈な印象をもたらす。

レベッカ・サンダース：息吹 II（Hauch II）、blaauw / sinjo（ブラウ / シニョ）
　レベッカ・サンダースの《息吹 II（Hauch II）》（2021）は、ヴィオラ独奏のための作品。ドイツ語で「息吹」「微かな気配」「痕跡」といった意味の「Hauch」というタイトルが示す通り、極限まで抑えられたピアニッシモ、弓が弦に触れる音、演奏者の息遣いなど、音の〝肌感覚的〟ニュアンスが追求される。
　《blaauw / sinjo（ブラウ／シニョ）》は、トランペット独奏のための作品。もともとは2004年に「blaauw」として作曲され、2022年に新版として「blaauw / sinjo」（本作）が作られた。タイトルの「blaauw」はオランダ語で「青」を意味するが、カンディンスキーやゲーテの色彩論における「青」の概念に触発されている。サンダース作品の特徴である微細な音色の変化、弱音器や特殊奏法の使用、そして「青」という色から連想される音響などを通して、音の物理的な質感と空間的な広がりが描出される。

ヴォルフガング・リーム：符帳 I・VI・VII
　ヴォルフガング・リームは2024年に亡くなったドイツ現代音楽の巨匠。全8曲からなる室内楽曲シリーズ《符帳（Chiffre）》は、リームの全盛期である1980年代に作曲された。タイトルの「Chiffre」は、ドイツ語で「符帳」「記号」「暗号」を意味し、シリーズ各曲において個々の「符帳」が持つ表現力・可能性が探求されている。以下では、今回取り上げる《符帳 I・VI・VII》の概要を解説する。
　《符帳 I》は、1982年に作曲されたシリーズ第一作。編成は、ピアノと7つの楽器（チェロ2本、コントラバス、クラリネット、ファゴット、トランペット、トロンボーン）。冒頭、ピアノが鋭い打鍵を繰り出すが、全体としては各楽器の特定の音程や和音が重要な統一要素として機能するよう設計されている。
　1985年に作曲された《符帳 VI》は、シリーズの中でもっとも短い作品の一つ。 やや低音に寄った8つの楽器（ヴァイオリン2本、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、クラリネット、コントラファゴット、ホルン）で奏される。音楽は4つのセクションに分かれており、極端なダイナミクスと緊張感のある和音の持続を特徴としている。
　《符帳 VII》（1985）は、シリーズ全体の集大成となる、ピアノと室内楽アンサンブル（チェロ2本、コントラバス、クラリネット、コントラファゴット、ホルン、トロンボーン）のための作品。3曲の中ではもっともドラマティックかつ色彩豊かで、特に打楽器が重要な役割を果たす。そして音楽は最後、（リームの美学を反映して？）解決するのではなく、切断されるように終結する。