「無言歌」とは「言葉のない歌」の意で、メンデルスゾーンの姉ファニーが考案したとされる。《無言歌集》は全8巻（各6曲）からなり、ピアノの性格小品集の傑作に数えられている。今回はそのなかから演奏者による選曲・編曲でお届けする。

　1865年に初演されたワーグナーの楽劇《トリスタンとイゾルデ》は、トリスタン伝説にもとづく悲恋の物語。本曲は、第3幕のクライマックスに置かれた劇的なアリアをリストがピアノ用に編曲したもので、オペラの初演から2年後の1867年に完成。法悦に満ちた官能的な場面を余すところなく再現している。

　マイニンゲンのクラリネット奏者リヒャルト・ミュールフェルトとの出会いは、最晩年のブラームスに創作の最後の輝きを与え、1894年夏、バート・イシュルで2曲のクラリネット・ソナタが完成された。第1番は4楽章構成で、ひた寄せる寂寞と甘美な追想とが溶け合った名品。ソナタ形式の第1楽章は、ブラームスらしい渋いテーマで綴られる。第2楽章では、陰影に富んだ叙情がゆったりと奏でられる。三部形式の第3楽章では、レントラー風の華やぎが一瞬、顔をのぞかせる。そしてロンド形式の終楽章は、溌剌とした清涼感に一抹の寂寥感を滲ませながら曲を閉じる。

　アレック・テンプルトンは、ウェールズ出身の作曲家・ピアニスト。生まれつき目が不自由だったが、戦前にジャズ・バンドの一員として渡米し、クラリネット奏者ベニー・グッドマンとも親交を結んだ。「ポケット・サイズ・ソナタ」は2曲あり、この第2番は晩年の1959年の作。3楽章からなり、第1楽章ではメロウな旋律があふれ出し、明るいメヌエットの第2楽章を経て、リズミカルな終楽章で曲を閉じる。

　ジョーゼフ・ホロヴィッツは、ウィーン生まれの英国の作曲家。作曲をナディア・ブーランジェに師事している。1981年に書かれた《クラリネットとピアノのためのソナチネ》は全3楽章からなり、ジャズを含むポピュラー音楽の影響も感じさせる。今回はしっとりしたバラードのように美しい第2楽章をお届けする。

　原曲は、ベルギー出身のセザール・フランクが1860～62年にかけて作曲したオルガン曲。前奏曲、序奏付きのフーガ、変奏曲からなり、サン＝サーンスに献呈された。フランクの円熟期の幕開けとなった『大オルガンのための6曲集』の第3曲にあたり、完成度の高い傑作とされている。ピアノ版への編曲は、ドビュッシー《子供の領分》の初演でも知られるイギリスのピアニスト、ハロルド・バウアーによる。

　20世紀初頭のアメリカを代表する作曲家ガーシュウィンが一躍世に出て、作詞家の兄とともに数々のヒット・ナンバーを生み出していた時期に書かれたピアノ曲集《3つの前奏曲》（1926）は、ジャズやブルースのスタイルをふんだんに盛り込んだ20世紀アメリカ音楽の古典。さまざまな楽器のために編曲されているが、今回は演奏者自身による編曲でお届けする。