最晩年のモーツァルトが残した室内楽の傑作。すでに三大交響曲の作曲を終えた1788年9月に完成。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ（各1本）という編成は稀少で、作曲技法的にも難しい。なお、3つの楽器（「3」という数字はフリーメーソンのキーナンバー）、（♭が「3つ」用いられる）変ホ長調、委嘱したのがフリーメーソン仲間の裕福な商人プフベルクであったことなどから（歌劇《魔笛》と同様に）フリーメーソンとの関連をみる向きもある。
　第1楽章はソナタ形式のアレグロ。下降音型の冒頭主題から、ヴァイオリンによって次々に歌われる第2主題、第3主題とも、たおやかな気分に満たされている。チェロが嫋々と歌い始める第2楽章はアダージョ。跳躍を含むヴァイオリンのメロディはオペラのアリアを彷彿とさせる。第3楽章は憂いを含んだメヌエット。ヘミオラ・リズム（バロック時代のポリリズム）の使用に、交響曲第40番との類似性を聴くこともできる。主題と4つの変奏からなる第4楽章は、民謡風の旋律がとりわけチャーミング。再びメヌエットとなる第5楽章は、二つのトリオを含み、ヴィオラが主役を気取った第1トリオと、ヴァイオリンが主導する可憐な第2トリオが交歓する。ここでもオペラの舞台が想起されるだろう。軽快なアレグロの終楽章でヴァイオリンが奏でる無垢で天真爛漫なメロディは一度、聴いたら耳から離れない。

　作曲は1779年後半と推測される。モーツァルトのディヴェルティメントのなかでも人気の作品で、特に第3楽章は“モーツァルトのメヌエット”の愛称で親しまれている。6つの楽章から構成され、2本のホルンと弦楽器という楽器編成。
　短い序奏の後、沸き立つようにヴァイオリンが奏でる第1楽章は、ソナタ形式のアレグロ。リズミックな楽想は第2ヴァイオリンが弾く第2主題にも引き継がれる。第2楽章はアンダンテで、16小節の主題と6つの変奏からなる。厳粛な雰囲気を漂わせたニ短調で、変奏が進むごとに切迫した哀感が増す一方、第4変奏の大らかなホルンの二重奏が安らぎを与えてくれる。第3楽章は優雅極まりないメヌエット。中間部のトリオではヴァイオリンの華やかなトリルが聴きもの。第4楽章はゆったりとしたアダージョ。ヴァイオリンがひたすら抒情的に歌うが、ほのかな哀愁が全体を覆っている（ホルンは沈黙）。第5楽章のメヌエットでは、華やぎが戻ってくるものの、ヴァイオリンが哀切な表情を挟み込む。ヴァイオリンが軽快なロンド主題を奏でる第6楽章はアレグロ。朗らかに突き抜ける“歌”が魅力的。不思議な哀愁とひたすら明るい曲想の混じり合いが、このディヴェルティメントを人気作にしているのかもしれない。