《F.A.E.》ソナタは、シューマンが、弟子のアルベルト・ディートリヒ、ブラームスと共作して、友人の名ヴァイオリン奏者ヨーゼフ・ヨアヒムに作品を贈ろうという企画から生まれた。第3楽章スケルツォがブラームスの担当。各楽章とも、ヨアヒムのモットー「自由だが孤独に（Frei aber einsam）」の頭文字をとった「F（ファ）・A（ラ）・E（ミ）」がモチーフとして使われており、このスケルツォでは中間部に形を変えて用いられている。

　ブラームスは夏の休暇中に作曲するのを好んだ。残された3つのヴァイオリン・ソナタは、いずれも保養地で夏に書かれている。本曲は、美しい景観に囲まれたオーストリア南部の避暑地ペルチャハで1879年に作曲。このソナタが《雨の歌》と呼ばれるのは、グロートの詩に付曲した同名歌曲のメロディが、終楽章冒頭に用いられているため。
　第1楽章は、優美な旋律の第1主題と、情熱にあふれた第2主題によって展開する。気品を湛えた楽想ながら、どこか親しみやすさがある。第2楽章アダージョは、美しい抒情のなかにもブラームスらしい憂愁が混じる。第3楽章は、憂いを含んだ《雨の歌》の主題に2つの副主題が絡み、最後は美しい旋律が遠い追想を誘うような余韻を残し、そっと曲を閉じる。

　第2番は、スイスのインターラーケンにほど近いトゥーン湖畔で1886年に作曲。美しい夏の避暑地における充足した時間を反映したかのように、快活さに満ち、喜びにあふれている。
　3楽章構成で、ソナタ形式の第1楽章の第1主題は、優しい愛に包まれたような旋律をピアノが奏で、そこにヴァイオリンが加わる。第2楽章は、穏やかな抒情性をもつアンダンテの部分と、怪しげに跳ねるスケルツォ風のヴィヴァーチェの部分とが交互に繰り返される。ロンド形式の第3楽章は、深い呼吸で朗々と旋律を歌い、ドラマティックな表情を見せる。

　すでに4曲の交響曲を書き終えたブラームスの円熟期を代表する室内楽曲。ブラームスの全ヴァイオリン・ソナタのなかでも、もっともスケールが大きく、抒情的な旋律の美しさと、曲全体に見られるシンコペーションのリズムが印象的。1886～88年の夏期、豊かな自然に囲まれたトゥーン湖畔で書かれたが、次々と親しい友人たちの訃報に接したことなどから、ブラームスの内面は徐々に深い諦観へと傾斜していき、それが楽想にも表れている。
　第1楽章アレグロでは、憂いを湛えたヴァイオリンの旋律がむせび泣く。老大家の枯淡の味わいは第2楽章冒頭、ヴァイオリンの G 線で奏される旋律に凝縮されている。スケルツォ風の第3楽章は、シニカルにおどけて見せるが、疲れは隠せない。重く激しいヴァイオリンの慟哭で始まる第4楽章プレスト・アジタートは、次第に情感の振れ幅を増していき、最後は文字通り“手に汗握る”クライマックスを聴かせる。