春を待ちながら明るい色の宝箱をイメージし、描写的な小品と個性の全く異なるソナタを組み合わせ、調性の統一性を持たせてプログラムを組みました。
　200年以上の時を経て、現代の職人がリバイバルさせたフォルテピアノを、ものづくりの技術進歩を一望できる国立科学博物館の展示室で。
　乙な取り合わせをお楽しみいただけたら幸いです。

　はじめに少しだけフォルテピアノの説明をします。フォルテピアノとは、昔のピアノ——現代ピアノの前身——の総称で、1700年頃、メディチ家に仕えたクリストフォリによる発明以来、現代ピアノの基礎が確立される19世紀半ばまで、時代や地域によって形も音色もさまざまな楽器が作られ、広く愛されました。
　現代ピアノとの最も大きな違いは、ハンマーヘッドの材質と大きさ、弦の張り方、そして鍵盤数です。フェルトが巻かれた現代ピアノのハンマーに対し、フォルテピアノのハンマーには鹿革が巻かれ、大きさは1／8で、慣れるまでは心もとないほどの軽くて浅い鍵盤。弦は交差せずに低音から高音まで平行に張られているため、各音域が混じり合わずにそれぞれの性格を発揮できます。雑味を帯び、まるで人の声のように多彩な音色が特徴で、指先のコントロールによって、そっと囁くように、突風のように鋭く……繊細に、俊敏に、語ります。
　本公演で使用するのは、1789年 A.ワルター作フォルテピアノのレプリカで、61鍵（現代ピアノは88鍵）、膝レバー付き、ペダルはありません。ウィーンのフォルテピアノの中では初期のモデルの一つです。

　プログラムには、フォルテピアノが存在する前に生まれた曲、フォルテピアノが使われなくなった時代に書かれた曲もあえて含めています。フォルテピアノの繊細な音色で、バロックから現代までの作品を聴いていただく趣旨です。
　ルイ14世に仕え、優美な作風で知られる、フランソワ・クープラン「糸紡ぎ」では、繰り返される一定の音型がまるで丁寧に糸を手繰り寄せる華奢な指の動きを想像させます。会場に展示されている織機にインスパイアされて選曲しました。
　フランス・バロック時代の巨人、ラモー「鳥のさえずり」からは宮廷の朝が、グリーグの描いた「小さな鳥」の密やかな羽ばたきからは北欧の森の独特な色合いと神秘的な佇まいが、それぞれ感じられます。
　有名な D.スカルラッティ「ソナタ K.380」の清冽な鐘の音と貴族的な行進が、J.S.バッハ「フランス組曲 BWV817」への前奏となります。
　J.S.バッハの次男、C.P.E.バッハが若いヴュルテンベルク公に捧げたソナタ集「第１番」の目まぐるしく変わる表情の連続は、多感様式の申し子、エマニュエルの面目躍如たるところ。開催中の「宝石」展でヴュルテンベルク王室旧蔵のパリュールが展示されています。
　実は、ケージ「夢」も、会場内のテレビジョン展示コーナーのキャッチ「遠くの情景を手に取るように眺めてみたい。そんな夢がついに実現」にインスパイアされて選びました。
　ベートーヴェンのピアノ・ソナタ《田園》、ハイドンが最後に書いたソナタ「Hob.XVI：52」、シューベルト「ハンガリー風メロディ」では、作品と楽器の時代的なベストマッチを、特に作曲者の楽器の限界に挑む姿をお聴きください。