JOURNAL

連載《トリスタンとイゾルデ》講座

~《トリスタンとイゾルデ》をもっと楽しむために vol.4

2020年の「東京春祭ワーグナー・シリーズ」では、《トリスタンとイゾルデ》を上演します。そこで、音楽ジャーナリストの宮嶋極氏に《トリスタンとイゾルデ》をより深く、より分かりやすく解説していただきます。連載最終回では、第3幕を見ていきます。

文・宮嶋 極(音楽ジャーナリスト)

 《トリスタンとイゾルデ》をより深く楽しんでいただくために、音楽と物語を同時並行的に追いながら、その魅力を解き明かす連載の最終回は、第3幕を詳しく紹介していきます。台本の日本語訳については、日本ワーグナー協会監修 三光長治/高辻知義/三宅幸夫 編訳『ワーグナー トリスタンとイゾルデ』(白水社)を、譜面はドーバー社刊のフル・スコアとPETERS版のピアノ&ボーカル・スコアを参照しました。なお、譜例は連載全体の通し番号として表示します。

第3幕

【前奏曲】

 冒頭、弦楽器の重厚な和音によって「孤独の動機」(㉕)が奏でられる。「憧れの動機」(譜例①)の半音階進行を全音階進行に置き換えたような音型で調性はヘ短調。暗く重苦しい雰囲気を醸し出す半面、弦楽器が響きやすい調でもある。他の名曲では、ヴィヴァルディの《四季》の「冬」、チャイコフスキーの交響曲第4番第1楽章などで使われている。続いてチェロが「トリスタンの嘆きの動機」(譜例㉖)を演奏、重傷を負い瀕死のトリスタンをめぐる孤独で重苦しい状況が前奏曲によって示される。

譜例㉕

譜例①

譜例㉖

【第1場】

 前奏曲から途切れることなく、牧人が吹く物悲しい笛の音(コールアングレ)(譜例㉗)に引き継がれ、幕が開くとそこはトリスタンの居城カレオール。メロートに重傷を負わされたトリスタンはクルヴェナールによってここに運ばれ、寝椅子に身を横たえて死んだように眠っている。生きているのか、それとも息絶えたのか、クルヴェナールは気が気ではない。牧人の笛の音によってようやく目を覚ましたトリスタンにクルヴェナールは彼が意識を失っていた間の顛末を伝える。

 牧童の笛の物悲しい旋律に導かれるようにトリスタンは長いモノローグを歌う。その内容は「昼の光がこんなにも自分に苦しみを与えた」というもの。長丁場のモノローグはトリスタン役のテノール歌手の力量が問われる難所でもある。クルヴェナールはトリスタンの命を救えるのは、深い傷でも治すことのできる秘術を持つイゾルデだけであるとして、彼女を迎えにやったことを明かす。それに歓喜し、到着を待ち焦がれるトリスタン。なかなか船が来ないことに焦れた彼がクルヴェナールに八つ当たり気味に絡んでいると、「海の向こうにイゾルデを乗せた船が見えた」ことを知らせる牧童による笛の音(譜例㉘)が響きわたる。狂喜するトリスタン。船が岩陰に隠れて見えなくなると笛の調べは短調に転じるが、再び視界に現れると長調に戻り、音楽は大きなヤマ場を作る。この笛はコールアングレだけではなく、トランペットでも吹かれることも多い。また、木製のトランペットを使用した例もあった。

譜例㉗

譜例㉘

【第2場】

 トリスタンは異様な興奮状態に陥り、立ち上がって傷を覆う包帯まで引き裂いてしまう。ようやくイゾルデが到着し「トリスタン! いとしい人!」と駆け寄る。トリスタンは「かがり火が消えた。彼女のもとへ急がなくては・・・」とうわ言のように呟き、イゾルデの腕の中に崩れ落ちる。この時、オーケストラは金管楽器を中心に「死の動機」(譜例⑫)をフォルティシモで演奏する。この動機、第2幕でイゾルデがトリスタンと密会を果たすためにかがり火を消した際にもトゥッティで奏でられたことを思い起こしてほしい。かがり火が消えるのをトリスタンも切望していたことがここで明かされる。さらに加えて、二人の「愛=死」という第2幕での〝予告〟が現実のものとなったことを音楽で表わしているのである。直前の興奮が災いしたのか、トリスタンは虫の息で「イゾルデ・・・」と呼びかけたところで絶命してしまう。

 「目をあけてもう一度、私の声を聞いて」とのイゾルデの悲痛な呼びかけは虚しく響くばかり。彼女は気を失い、トリスタンの遺骸に覆いかぶさるように倒れる。その様子にクルヴェナールは呆然と立ち尽くす。

譜例⑫

【第3場】

 そこへマルケ王の一行がイゾルデを追いかけてくる。ブランゲーネからすべてを聞いた王は二人に許しを告げるために大急ぎでやってきたのだ。二人を罰するために来たと勘違いしたクルヴェナールは王の家来たちに戦いを挑み殺されてしまう。トリスタンはもとより、クルヴェナール、メロートそして、王の家来たちの遺体を前に「こうして誰も彼も死んでしまうとは」と嘆き悲しむマルケ王。続けて「イゾルデよ、どうしてこんなことをしてくれたのだ?」と尋ねるが、そんな王とは別世界にいるかのようにイゾルデは有名な「愛の死」を歌い出す。

 「穏やかに密やかに、彼が微笑み」(譜例㉙)。イゾルデ役にとっては最大の聴かせどころである。この時、イゾルデは生きているのか死んでいるのか、演出上でも大きな見せ場である。「愛の死」は「憧れの動機」に乗せて、「万有のうちに--、溺れ--、沈む--、われ知らぬ--、至高の快楽」との言葉をもって静かに締めくくられる。オリジナルの台本では、神々しく様変わりしたイゾルデはブランゲーネの腕に抱かれて息を引きとり、トリスタンの遺骸の上に再び崩れ落ちて幕となる。

譜例㉙

 この最終場面も演出家がいろいろと意匠を凝らし、最近の上演ではイゾルデはここで死なないことも多い。バイロイト音楽祭で2015年から19年まで上演されたカタリーナ・ワーグナー演出のプロダクションでは、イゾルデは死なずに、マルケ王一行に連れられて淡々とした様子でトリスタンのもとを去っていくという結末になっている。イゾルデが死ぬのか否かによって上演全体の印象がかなり変わってくるのも事実である。

 幕切れ直前でオーケストラはオーボエがDis(レ♯)の音を長く伸ばし(譜例㉚)和声の着地へと導いていく役割を果たす。第1幕の前奏曲冒頭、オーボエが主導するトリスタン和音(憧れの動機)によって、観客・聴衆はいきなり不安定な感覚へと誘われていくのだが、幕切れでは、逆にオーボエの先導で穏やかな感覚に収斂していく形になっているのも注目すべきポイントであろう。トリスタンに続いてイゾルデも亡くなることで「愛=死」という概念が成就したことになり、二人は安らかな境地に至ったことを音楽で表わしているわけだ。最終和音の調性はロ長調だが、そこに至る最終盤の和声進行(譜例㉛)は、古くからの宗教音楽のような展開(変格終止、またはアーメン終止)になっていることも興味深い。その意味では、台本通りイゾルデも最後に亡くなる演出の方が、観客・聴衆にとっては音楽の効果とも相まって、心に訴えかける力が強いと感じるのは筆者だけではないはずだ。この作品は、素晴らしい指揮者や演出家の手によってワーグナーの意図した効果が最大限に発揮された時、えも言われぬ陶酔感を覚える魔法のような力を持っているからである。

譜例㉚

譜例㉛


 ここまで4回にわたって《トリスタンとイゾルデ》について音楽と台本を同時並行的に追いながら紹介してきました。また「東京春祭 ワーグナー・シリーズ」スタート以来、筆者が担当させていただいてきた音楽祭の公式ホームページ上における作品紹介も、この《トリスタンとイゾルデ》をもってバイロイト音楽祭で上演されるワーグナーの主要10作品が完結したことになります。拙稿が東京・春・音楽祭のステージを楽しむ上で少しでもお役に立てたら幸いです。長い間、お読みいただいた皆様に改めてお礼申し上げます。

 
 
関連公演
【2020年4月2日公演】東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.11 《トリスタンとイゾルデ》(演奏会形式/字幕・映像付)
【2020年4月5日公演】東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.11 《トリスタンとイゾルデ》(演奏会形式/字幕・映像付)

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