JOURNAL

モーツァルトの手紙に学ぶ

第1回 拍手のお作法

文・飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

 モーツァルトの手紙にはときどきびっくりするような記述が出てくる。私信なのだからいくら200年以上昔の人であっても、勝手に覗き見をしていいものかと思わなくもないのだが、当時の音楽事情を知るうえでこれほど興味深い資料もない。

 これまでにもっとも驚いたのは、交響曲第31番ニ長調《パリ》の初演について、父レオポルトに宛てた手紙だ。パリへと旅に出たモーツァルトは、当地の演奏会「コンセール・スピリチュエル」のためにこの交響曲を書いた。リハーサルの出来があまりに酷かったため、モーツァルトは覚悟を決めて本番に出向いた。もしもリハーサル同様、酷い演奏だったら「第1ヴァイオリンから楽器をとりあげて、自分で指揮をしてやろう」と心に決めていたという(つまりこの時代の指揮者に必要なのは指揮棒ではなく、ヴァイオリンだった)。

 ところが予想に反して、本番の演奏はうまくいった。聴衆は大喜びだ。モーツァルトはこう書いている。
「ちょうど第1楽章アレグロの真ん中に、たぶん受けるにちがいないとわかっていたパッサージュがありました。そこで聴衆はみんな夢中になって──たいへんな拍手喝采でした──でも、ぼくはそれを書いているとき、どんな効果が生まれるかも心得ていたので、最後にもう一度それを出しておきました。──そこでダ・カーポでした」(『モーツァルト全作品事典』ニール・ザスロー編/森泰彦監訳/音楽之友社)

 このモーツァルトが「受けるにちがいない」と確信していた場所がどこなのかというのも大いに気になる謎なのだが(いろんな推測を見たことがある)、ともあれ、パリの聴衆は演奏中であっても気に入った場所で拍手をしていたというのだ。最初に読んだときはわが目を疑ってしまった。

 同じ手紙には、さらに第3楽章の冒頭を意表を突いた弱奏で曲を始めたところ、続く強奏部分で拍手が沸き起こったと書いている。パリではフィナーレ楽章の冒頭は強奏で始めるというお約束があったので、モーツァルトはわざと肩透かしを食らわせたのだ。そして強奏部分で「待ってました!」とばかりに拍手が起きる。なんというハイコンテクストな空間なのか。

モーツァルトのサイン

 今日では演奏中、客席の聴衆はひたすら静かに聴くことが求められている。演奏中の拍手などもってのほか。いくらそれがモーツァルト時代のオーセンティックな聴き方だったとしても、今の東京でそれをやったらどんなトラブルが待ち受けているか、想像するだけでも恐ろしい。




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