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《エレクトラ》リハーサル・レポート

取材・文:山田治生

©︎読響

4月18日、21日のR.シュトラウス「エレクトラ」の公演を目指してリハーサルに取り組むセバスティアン・ヴァイグレと読売日本交響楽団を取材した。ヴァイグレは、1961年、東ベルリンの音楽一家に生まれた。音楽家としてのキャリアをベルリン州立歌劇場管弦楽団のホルン奏者としてスタートしたが、同歌劇場音楽総監督のダニエル・バレンボイムのアシスタントとなり、指揮者に転向した。その後、バルセロナのリセウ大劇場首席指揮者やフランクフルト歌劇場音楽総監督などを歴任。バイロイト音楽祭やメトロポリタン歌劇場でも指揮するなど、オペラでの評価が高い。2019年から読売日本交響楽団第10代常任指揮者を務めている。

●歌手たちとのピアノ稽古

©︎東京・春・音楽祭/ピアノ稽古の様子

オペラの音楽作りは、まず、歌手とオーケストラとで別々に行われる。そこで、4月9日のマエストロと歌手たちとの初顔合わせとなるピアノ稽古を取材した。
 最初に第1場の稽古のために練習場に集まった歌手たちは、中島郁子(第1の侍女)、小泉詠子(第2の侍女)、清水華澄(第3の侍女)、竹多倫子(第4の侍女/裾持ちの侍女)、木下美穂子(第5の侍女/側仕えの侍女)、北原瑠美(侍女の頭)の6名。今の日本のオペラ界を代表する歌手たちであり、一人ひとりがオペラの公演で主役を歌えるほどの実力者たちである。そんな6人が侍女という”脇役”を務めることにこのプロダクションの贅沢さを感じる。ピアノ伴奏は、公演の合唱指揮も担う冨平恭平が務めた。
 第1場は6人の侍女たちがかしましく歌い合うシーン。ヴァイグレは、自らの指揮で、まず通してみて、ひとこと、「Very well(よくできている)」と述べる。実際、音楽は非常に複雑だが、それぞれの歌手が初回からかなりよく準備して来ているように聴こえた。「おぞましく、どぎつく」との指示。そして疑問詞(WasやWoなど)や否定詞(nicht)の重要さが強調される。そのほか、単語の発音の矯正や響かせ方の指示が行われた。さすがに、ドイツ出身でドイツ・オペラに長年携わってきたマエストロである。そして音程もチェック。熱のこもった、テンポの良い指導が繰り広げられた。6人の応酬が白熱すると音楽が前へ進み過ぎてしまうので、「走らない」ように注意する。表情付けは、ヴァイグレが歌いながら行う。マエストロの父はカントール(教会の音楽指導者・歌手)で、自身はホルン出身。なかなか良い声で歌う。6人それぞれに注意を与え、もう一度、止めながら、通していく。広くない練習場に6人の叫ぶ(怒鳴り合う)ような歌声が響き合う。ヴァイグレは「Much better(ずっとよくなった)」と満足そう。加えて侍女たちが再び登場する最後の場である第7場も練習された。

 続いて、ヒロイン、エレクトラが登場する第2場の稽古となった。エレクトラを歌うのはエレーナ・パンクラトヴァ。彼女は、ロシアのエカテリンブルグ生まれ。サンクトペテルブルク音楽院を卒業し、マリインスキー劇場、ウィーン国立歌劇場、バイロイト音楽祭などに出演。この2日前には、ワーグナー「ニーベルングの指環」ガラ・コンサートに出演したばかり。パンクラトヴァの声が練習場中に響き渡る。彼女はヴァイグレとドイツ語でやりとりをする。テンポや解釈について話し合い、ヴァイグレが言葉(息の継ぎ方など)を指導する。
 そして、エレクトラの母、クリテムネストラが登場する第4場。クリテムネストラ役は、日本が誇るメゾ・ソプラノ、藤村実穂子である。彼女は、バイロイト音楽祭の9年連続出演し、ウィーン国立歌劇場やメトロポリタン歌劇場など世界の檜舞台で歌っている。彼女もやはりヴァイグレとのやりとりはドイツ語である。笑いもある和やかな現場。ヴァイグレは言葉の色へのこだわりが強く、それを藤村とともに探している様子であった。竹多倫子(裾持ちの侍女)や木下美穂子(側仕えの侍女)も歌う箇所はわずかながら参加。クリテムネストラとエレクトラの応酬では、ヴァイグレが激しく指揮することもあった。

©︎読響/オーケストラ・リハーサルの様子

●オーケストラ・リハーサル(歌手なし)
 オーケストラ・リハーサル(4月8日から始まっていた)は4月10日に取材した。演奏は読売日本交響楽団(コンサートマスター:長原幸太)。常任指揮者のヴァイグレとは、2017年の「ばらの騎士」(東京二期会)、2019年の「サロメ」(東京二期会)に続いてのR.シュトラウスのオペラである。
 この日のリハーサルは、最終場である第7場の途中(練習番号199a)から始まった。第4,第5,第6トランペットが入る場面を先にやるということのようである(オーケストラの練習は、通常、編成の大きな曲や部分から始める)。大編成で知られる「エレクトラ」は、ヴァイオリンが3群、ヴィオラが3群、チェロが2群に分かれ、ヘッケルホーンやワーグナー・チューバが作品の低くて暗い音色を特徴づける。
エギストの登場シーンでは「メヌエット! エレガントに」と指示。ヴァイグレは、アーティキュレーション(表情付けや強弱による旋律の区分)とフレーズの長さの重要性を説明する。そして演奏中にオーケストラへ「スピーク、スピーク(しゃべるように)」と繰り返す。まだ初段階の練習なので、ヴァイグレは、小節ごとに強弱を説明したり、パートとパートでハーモニーを確かめ合ったり、第1ヴァイオリンに、速くて難しい音型を、何度もゆっくりとしたテンポで弾かせたりもする。

©︎読響/コンサート・マスターを務める長原さんとマエストロ

 エレクトラとクリソテミス(エレクトラの妹)の最後の二重唱の前で、第1ヴィオラは、ヴァイオリンに持ち替えて、第4ヴァイオリンとなる。今回は演奏会形式だけに、首席奏者・鈴木康浩を中心とするヴィオラ・パートのヴァイオリンへの持ち替えに注目である。ヴァイグレは、ヴァイオリンとヴィオラの難しい音階の箇所で「エンジョイ!」と声を掛ける。ティンパニのリズムを直して、満足そうな表情。そして作品の最後まで行く。
 その後、第5場まで戻り、26aから第7場の199aまでをじっくりと練習。アクセントの位置をチェックしたり、細かい要求が続く。第6場ではハープを際立たせたりもする。
 11時30分に始まったリハーサルは、途中2回の休憩をはさんで、15時過ぎに予定より少し早く終了。この日以降、ルネ・パーペ、アリソン・オークス、シュテファン・リューガマーらの歌手たちも加わってのオーケストラ・リハーサル、ステージ・リハーサルへと続いて、4月18日の本番を迎える。
 「エレクトラ」は極めて力のある歌手を揃えなければならず、日本ではあまり演奏されてこなかった。この20年間に日本で上演されたのは、2004年の新国立劇場、2005年の東京・春・音楽祭(東京のオペラの森)、2023年の東京交響楽団の3回のみ。R.シュトラウスのオペラの演奏を続けているヴァイグレ&読響にとっては、2022年2月のコロナ禍のための公演中止を経て、2年越しの実現となる。小澤征爾指揮による「エレクトラ」で始まった東京・春・音楽祭の20周年を締め括るヴァイグレ&読響の「エレクトラ」は聴き逃せない。

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関連公演

《エレクトラ》(演奏会形式/字幕付)

日時・会場

2024年4月18日 [木] 19:00開演(18:00開場)
2024年4月21日 [日] 15:00開演(14:00開場)
東京文化会館 大ホール

出演

指揮:セバスティアン・ヴァイグレ
エレクトラ(ソプラノ):エレーナ・パンクラトヴァ
クリテムネストラ(メゾ・ソプラノ):藤村実穂子
クリソテミス(ソプラノ):アリソン・オークス
エギスト(テノール):シュテファン・リューガマー
オレスト(バス):ルネ・パーペ
管弦楽:読売日本交響楽団
合唱:新国立劇場合唱団
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