J.S.バッハの音楽との初期の取り組みにおいて、ブゾーニはこの作曲家のコラール前奏曲（ルター派の讃美歌に基づくオルガン小品）を10曲選び、ピアノ独奏曲に仕立て直し、1898年に曲集として出版した。ここに含まれる「来たれ、異教徒の救い主よ」では、原曲においてオルガンで実現される多層的で立体的な響きが、ピアノにおいて効果的となる語法へと移し替えられている。楽譜上では、強調されるべき声部と背景となるべき声部がはっきりと区別され、各声部の独立性を得るための運指やペダルによる音色の操作が事細かに指示されている。その結果立ち現れるのは、原曲とは別種のドラマと色彩である。

　ブゾーニの名が知られることにおそらく最も貢献しているこの作品では、原曲において本質的な要素を成しているヴァイオリンの楽器としての特性を削ぎ落とし、換骨奪胎して新しいピアノ音楽として成立させるブゾーニの編曲者としての真価が発揮されている。前出の「来たれ、異教徒の救い主よ」同様、この作品は原曲と同じ骨組みに基づいているものの、ピアノの表現可能性を追求することによって独特の荘厳さと空間的な広がりを備えた世界を現出させ、原曲とは異なる説得力をもって聴き手を圧倒する。

　《対位法的幻想曲》には、ブゾーニ自身が作成したものだけでも2種類のピアノ独奏版と1種類の2台ピアノ版が存在する。今回抜粋で演奏される2台ピアノ版の構成は複合的で、自身のピアノ曲集である《悲歌集》第3曲の素材や、ニコラウス・デシウスのコラール「神のみいと高きところにおわす」とそれに基づく変奏、バッハの《フーガの技法》BWV1080の未完の三重フーガの主題に自身の主題を加えて展開させたフーガと変奏などが巧妙に組み合わされている（初版では、全体の構造が建造物の形で図式化されている）。長年の対位法研究の成果と、多様な素材を取り込みながら謎めいた統一体を作り上げる構築力が結実したブゾーニの代表作である。

　32歳で完成させたこのソナタを、ブゾーニは自身の創作の転機となった作品として重視していた。この作品は、3つの楽章を内在化させた単一楽章形式をとる。ミステリアスな雰囲気の中でこの先の展開を仄めかす第1楽章、目が回るような急速な舞曲タランテラである第2楽章に続き、第3楽章では導入に続いて主題と変奏が繰り広げられる。第3楽章で変奏の主題となるのは、バッハの《アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小品集》（1725）に収められている「幸いなるかな、おお魂の友よ」BWV517の旋律である。さらに、6つあるうちの第4変奏では、断片としてのみ残されているブゾーニ自身のピアノ独奏曲が引用されている。自他の別を問わず、さまざまな素材を独自の語法で大きな作品に仕立て上げる手法はいかにもブゾーニらしく、「作曲」と「編曲」の間に明確な区別を見なかった彼の音楽観を体現している作品であるとも言えるだろう。