父レオポルトへの手紙の中でモーツァルトは、ウィーンのゴットフリート・スヴィーテン男爵のサークルに入ったことを機に、バッハ、フリーデマン・バッハ、エマヌエル・バッハ、ヘンデルらのフーガ作品を蒐集・研究していることを伝えている。
　これらの書簡から当初、弦楽三重奏曲（K.404a）は、モーツァルト自身がバッハの《平均律クラヴィーア曲集》や《フーガの技法》などを編作したものとみなされていた。しかし現状では、本曲がモーツァルトの作品というのは仮説に過ぎないとの認識にもとづき、「新モーツァルト全集」からも除外されている。
　全6曲は次のとおり。「第1番 前奏曲、アダージョとフーガ ニ短調」、「第2番 前奏曲、アダージョとフーガ ト短調」、「第3番 前奏曲、アダージョとフーガ ヘ長調」、「第4番 前奏曲、アダージョ・エ・ドルチェとフーガ ヘ長調」、「第5番 前奏曲、ラルゴとフーガ 変ホ長調」、「第6番 前奏曲、アダージョとフーガ ヘ短調」。

　ヴァイオリニストとして「神童」の名を欲しいままにしたジョルジェ・エネスクは、7歳でウィーン音楽院に入学し、銀メダルを獲得して12歳で卒業。さらにパリ音楽院へ進み、ヴァイオリンに加えて、マスネ、フォーレのもとで作曲を学んだ。すでに9歳の頃から作曲を始めており、筆の速さは驚異的だったという。しかし、この弦楽八重奏曲は17歳の頃からじっくりと書き起こし、19歳の時に仕上げたものだ。コンセール・コロンヌで初演を試みたが、5回のリハーサル後に演奏を断念。あまりに斬新な響きに恐れをなしたのかも知れない。結局、2つの弦楽四重奏団の合同演奏という形式で1909年、パリで初演された。第二次世界大戦後に指揮者のカール・ミュンヒンガーが弦楽合奏のスタイルで演奏し、それを聴いた作曲者が大いに喜び、「こうでなくっちゃ！」と喝采を送ったという。
　4つの楽章からなるが、全体をとおして単一楽章のアレグロ・ソナタ形式とみることもできる。「とても穏やかに」と記された第1楽章は、従来の形式や分析を嫌うかのように、多くの主題が次々に立ち現れて進行・発展していく。第2楽章は「とても激しく」と記され、デモーニッシュな戦慄さえ感じさせるスケルツォ。ソリスティックな効果も十分だ。第3楽章「ゆったりと」では、情緒纏綿たる歌が繰り広げられる。第4楽章は「リズミカルなワルツのテンポで」とあるが、快活というよりは、ベルリオーズやリストが好んだ悪魔的なワルツだ。この八重奏曲の構成そのものが、リストの「ピアノ・ソナタ ロ短調」を手本にしているとの説もある。