ヘ長調の弦楽五重奏曲は1882年春、ブラームスが好んだオーストリアの保養地バート・イシュルで完成。この時期、作曲家は第3番となる交響曲を構想中で、この弦楽五重奏曲とともに、ハ長調のピアノ三重奏曲（第2番）などを手掛けていた。そのためか、本作でも実験的な試みがなされ、穏やかな音楽のなかにブラームスの意欲を聴くことができる。
　ソナタ形式の第1楽章は、上行して緩やかに下降するテーマを第1ヴァイオリンが奏でると、そのオクターヴ上を第2ヴァイオリンが追いかけるという、異例の楽器指定で開始される。ヴィオラが奏でる第2主題も、シンコペーションであるにもかかわらず、第1主題の和やかなムードを崩さない。2本のヴィオラによって強化された中声部で繰り広げられる音楽は、クラリネットやホルンの音色を想起させ、交響的な充実感を感じさせてくれる。穏やかに楽器が対話を交わす緩徐楽章には二度、唐突にスケルツォ風の音楽が差し挟まれる。破格だが、このバランス感覚は本曲の魅力のひとつ。アレグロの終楽章は、ブラームスのバロック音楽への傾倒が顕わになる。短い主題をフガートで情熱的につないでゆく手腕に、室内楽的テクニックを駆使したシンフォニーへの希求が垣間見られる。

　1891年夏に避暑地バート・イシュルで書かれた。ブラームスはその晩年、クラリネットの名手リヒャルト・ミュールフェルトと出会い、クラリネットをフィーチャーした4曲の室内楽を生み出した。本曲はそのなかでも最高峰に位置する傑作。
　第1楽章アレグロはソナタ形式。冒頭、2本のヴァイオリンで示され、クラリネット（本公演ではクラリネットのパートをヴィオラが担当）に受け継がれる主題の悲壮な美しさが、曲全体を貫いていく。ヴィオラが広い音域にわたる技巧を見せつつも、旋律の柔らかさを失わないのは、「あたたかみを感じさせる」と評されたミュールフェルトの音色が念頭にあるからであろう。第2楽章アダージョは三部形式。夢見るような繊細さをもつ緩徐楽章だが、濃密な情感が加味されている。第3楽章アンダンティーノは、冒頭に示される民謡風の主題が、リズミカルなトリオとコントラストをなし、短いながらもスケルツォのような役割を果たす。第4楽章コン・モートは、ロンド風の変奏曲形式。憂愁を帯びた主題と5つの変奏からなり、最後は第1楽章の第1主題が回想されて終曲する。
　作曲家とミュールフェルトの交友ばかりが取り沙汰される作品だが、時に第1ヴァイオリンにクラリネット以上の役割を与えているところや、ブラームスのジプシー音楽への愛着も聴きどころと言えよう。なお、作曲家自身の編曲による「ヴィオラ版」には、重音の魅力がふんだんに盛り込まれていることを付け加えておきたい。