JOURNAL

リヒャルト・シュトラウス《エレクトラ》

ストーリー&聴きどころ

文・広瀬大介(音楽学、音楽評論)

1909年初演時台本より

【ものがたりの前史】

 ミケーネの王アガメムノンは、絶世の美女ヘレネの姉クリテムネストラを夫タンタロスから奪い、妻とした。娘イフィゲニア、エレクトラ、クリソテミス、そして息子オレストがいる。アガメムノンは、トロイアとの戦争が始まる前に、自分の失言がもとで女神アルテミスを怒らせ軍を進められず、神々の要求に従ってイフィゲニアを生贄とした。
アガメムノンを恨むクリテムネストラは、同じく王を恨むエギストを愛人とし、その助力を得て、帰国したアガメムノンを浴場で殺し、斧でその首を落とす。オレストはデルフォイでアポロンから神託を受け、復讐のためにいったん王宮を離れ、機会をうかがうのだった。エレクトラはそのままミケーネにとどまるが、王女らしい扱いを受けることはなく、虐げられた日々を送っている。

【あらすじ】

第1場 侍女の場面

 屋敷の外をうろつくエレクトラの姿を認めた5人の侍女とそのかしらが、それぞれにエレクトラとの確執を物語る。だが、虐げられるエレクトラへの同情を隠そうとしなかった、たったひとりの侍女が、他の侍女たちから袋だたきにされる。
 (この世界が、今は亡きアガメムノンの血筋による愛憎劇であること、そしてその手の内で踊らされていることは、冒頭の暴力的な開始音〈D-A-F〉による、アガメムノンを示すモティーフで示される。この世界を支配しつつも舞台には登場しない偉大な人物の存在をほのめかす作劇手法は、この後も様々な形で用いられた。《ナクソス島のアリアドネ》における屋敷の主人、《影のない女》におけるカイコバートなど)

第2場 エレクトラのモノローグ

 その後、エレクトラが「ただひとり」と嘆きながら登場。無残に殺された父親アガメムノンを悼み、その殺害の様子を物語り、いずれ復讐を遂げて、父の墓の前で勝利の踊りを踊ることを切々と誓う。
 (冒頭に鳴り響くアガメムノンの三音モティーフ、エレクトラのモティーフが複雑に絡み合い、復讐の成就を願う主人公の姿を描く。このエレクトラ・モティーフは、変ニ長調とホ調の主和音をぶつけることによって生じる和音で描かれる。この組み合わせによって、「本来の自分」+「外的要因によって強いられた精神状況」というかたちによる音楽表現が試みられたと言えようか)

第3場 エレクトラ、クリソテミスの対話 I

 エレクトラの妹クリソテミスが登場。姉とは異なり、父親の仇をとりたい、という気持ちは強くなく、それよりは結婚して子供を産んで育てたい、という普通の願望を物語る。だが、妹の願いをエレクトラは一顧だにしない。
 (変ホ長調による、本作においてもっとも流麗な、オペラ・アリアと呼ぶにふさわしい聴かせどころのひとつ。アガメムノン=ニ短調、クリソテミス=変ホ長調、クリテムネストラ=ロ短調、エギスト=ヘ長調など、エレクトラ以外の登場人物は自身を表わす調を有している)

第4場 エレクトラ、クリテムネストラの対話

 やがて、エレクトラの母クリテムネストラが廷臣を率いて登場し、クリソテミスは怖れてその場から立ち去る。母親は娘に、暗殺者の存在におびえるあまり、様々な生け贄を捧げてきたが、夜は悪夢で眠れない、と訴える。エレクトラが賢いことを知る母親は、普段は遠ざけて近寄ることのない娘に敢えて助言を求めるが、娘は「流されるべきはお前自身の血」と叫ぶばかり。怖れおののく母親のもとにもたらされた、とある「報せ」によって、クリテムネストラは謎の高笑いをあげ、エレクトラを不安に陥れながらその場を去っていく。
 (冒頭のエレクトラの場面に続き、半音で隣り合う和音をぶつけ合うかたちの不協和音が多用され、聴き手にもっとも不安定な音楽をもたらす。エレクトラが母を追い詰める場面の最後では、復讐の成就を示すハ長調で終わるかと思いきや、それが願望であることを示す変ロ長調へと下行し、復讐の成就そのものはまだ先であることが示される。エレクトラ自身も3点ハ音、次いで2点変ロ音で力強く叫ぶ、作品中盤のクライマックス)

第5場 召使の対話、エレクトラ、クリソテミスの対話 II

 やがてオレストがよその土地で亡くなった、という「報せ」を知ったクリソテミスが駆け込んでくる。エレクトラは容易に信じようとはしないが、召使二人がそのことを話すのを聞き、オレストの代わりに自らが復讐することを決意する。だが、クリソテミスは、母親を手にかける計画に自分も参加させようとするエレクトラに怖れをなし、その場から逃げ出す。

第6場 エレクトラ、オレストの対話

 そこへ見知らぬ男がやってきて、オレストの死の様子を語ってきかせるが、エレクトラがあまりに嘆き悲しむため、自分こそが使者に身をやつして戻ってきたオレストであることを告げ、再会をよろこびあう。
 (エレクトラが目の前の男がオレストであることに気づいた瞬間、冒頭から時折用いられてきた、家族の情愛を示す変イ長調のモティーフが爆発し、次いで本作唯一とも言うべき穏やかな音楽で、エレクトラがようやく得られた、つかの間の心の安らぎが描かれる)

第7場 クリテムネストラ、エギストの殺害、エレクトラの勝利の踊り

 オレストは屋敷の中へ。やがて、屋敷内に響き渡るクリテムネストラの断末魔の叫び。屋敷に戻ったエギストは、オレストの死を報せるためにやってきた使者に会うため、屋敷内に入る。やがて、同じように叫び声を上げながらオレストの手にかかるエギスト。クリソテミスが戻り、ふたりが殺されたことをエレクトラに告げ、復讐の成就を喜びあう。エレクトラは興奮のあまり、人々を引き連れて勝利の踊りを踊るが、興奮が絶頂に達したエレクトラは地に崩れ落ちる。
 (アガメムノン・モティーフが何度も鳴り響く中、崩れ落ちたエレクトラを示す変ホ短調の主和音が執拗に鳴らされる。クリソテミスのような幸せ(変ホ長調)を得られなかったエレクトラの死の場面が、同主調の変ホ短調で描かれる。エレクトラの宿命(死)を描いたこの調を、エレクトラ自身の調と呼ぶことも可能かもしれない)

※もともとの戯曲に「場」は示されていないが、本作は伝統的に7つの部分に分けて解説・分析されることが多く、本稿でもそれを踏襲する。

関連公演

《エレクトラ》(演奏会形式/字幕付)

日時・会場

2024年4月18日 [木] 19:00開演(18:00開場)
2024年4月21日 [日] 15:00開演(14:00開場)
東京文化会館 大ホール

出演

指揮:セバスティアン・ヴァイグレ
エレクトラ(ソプラノ):エレーナ・パンクラトヴァ
クリテムネストラ(メゾ・ソプラノ):藤村実穂子
クリソテミス(ソプラノ):アリソン・オークス
エギスト(テノール):シュテファン・リューガマー
オレスト(バス):ルネ・パーペ
管弦楽:読売日本交響楽団
合唱:新国立劇場合唱団
/他


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