ブラームスはベートーヴェンが残した弦楽四重奏曲に多大な敬意をはらっていたことに加え、彼自身が完璧主義であったため、この曲種を手がけることをためらっていた。1873年、40歳のときに第2番とともに発表された本作には、少なくとも8年の歳月が費やされている。作曲中はヨーゼフ・ヨアヒムから多くの助言を受け、完成後は外科医で優れたアマチュア音楽家でもあったテオドール・ビルロートに献呈された。第1楽章のアレグロでは、暗い情熱を秘めた主題が立体的に造形されている。第2楽章のロマンツェは崇高なまでの静けさと美しさを持つが、第3楽章のアレグレットは半音階的に下降する不安げな主題に支配される。第4楽章の冒頭では、第1楽章の主題の変形がユニゾンで現れる。これが各楽器によって幾度も反復され、情熱の坩堝に巻き込まれるかのように曲を閉じる。

　1860年代後半から73年にかけて、熟考を重ねた末に完成された作品。第1番とともに作品51として出版され、1873年にウィーンで初演。ソナタ形式の第1楽章はもの憂げな表情で始まるが、第1番のように全体を包むエキセントリックな重苦しさはなく、随所にヴァイオリンによる伸びやかな歌が聴かれる。冒頭でヴァイオリンが奏でる「F・A・E」の音列は、ヨーゼフ・ヨアヒムがモットーとした「自由・だが・孤独（Frei aber einsam）」に由来している。ブラームスがこの時期、大ヴァイオリニストの親友にいかに多くを負っていたかを物語るエピソードである。さらに、いぶし銀のロマンを奏でる第2楽章モデラート、生真面目な戯れのなかに優しいメロディが隠された第3楽章クアジ・メヌエットが続き、ロンド形式による終楽章では、第1ヴァイオリンが全体を牽引しながら、シンフォニックな広がりをみせる。

　ブラームスによる最後の弦楽四重奏曲で、1875年夏に作曲され、翌年10月にヨアヒム率いる弦楽四重奏団によって初演された。ブラームスが残した3つの弦楽四重奏曲のなかでは最も活気にあふれ、のどかな情緒が表れている。溌剌とした第1楽章の第1主題は、モーツァルトの弦楽四重奏曲《狩》の冒頭を想わせる。伸びやかな旋律と濃密な和声に彩られ、快活でありながら内省的な雰囲気も醸す。第2楽章は緩徐楽章。思いに耽るようなヴァイオリンの旋律が美しい。第3楽章ではヴィオラが馥郁たる旋律を奏で、その他の楽器は弱音器を付けて淡い彩りを添える。第4楽章は第1楽章の旋律を用いた変奏曲。異なるリズムとテンポを巧みに組み合わせた書法により、単なる反復を超えた豊かな奥行きを感じさせてくれる。