ベートーヴェン：弦楽四重奏曲 第12番
　《第九》交響曲のすぐあとに着手され、1825年に完成。前作の第11番（作品95）の弦楽四重奏曲からこの作品のあいだには14年という歳月が経過している。本作以降の6曲が、深遠さに幽玄さが加わったベートーヴェンの集大成をなす「後期弦楽四重奏曲」群となる。
　その劈頭を飾る本作は、ロシアのガリツィン公爵の依頼により作曲された「ガリツィン・セット」（第12・13・15番）の1曲。融通無碍の境地に達しながらも、比較的明るい曲想を有している。
　ソナタ形式の「第1楽章 Maestoso – Allegro」は、荘厳な序奏と味わい深い主部の対比が印象的。「第2楽章 Adagio, ma non troppo e molto cantabile」は特に有名な楽章で、晩年のベートーヴェンが好んだ変奏曲形式が用いられている。「第3楽章 Scherzando vivace – Presto」は、快活なスケルツォ主部とコケティッシュなトリオが組み合わさった躍動的な楽章。ロンド形式で書かれた「第4楽章 Finale. Allegro」は力強く情熱的でありながら、瞑想的な部分も含む複雑な構成となっている。

ブラームス：弦楽五重奏曲 第2番
　作曲は1890年夏。弦楽四重奏にヴィオラを加えた編成は、モーツァルト型「弦五」の系譜に属する。ブラームスは本作の脱稿を機に、創作活動からの引退を決意していた（実際には、クラリネットをフィーチャーした一連の室内楽曲が生み出されることになるが……）。晩年をむかえた巨匠が全精力を傾注した労作であり、様々な情感、特に孤独や憂愁を聴きとることができる。
　第1楽章はソナタ形式のアレグロ。キラキラと光を反射するさざ波のような伴奏⾳型に乗って、チェロが雄渾なメロディを歌う。5番⽬の交響曲となるはずだった素材を使っているとの説もあり、スケールの⼤きさに圧倒される。2本のヴィオラが奏でる第2主題は、明るく軽やかなゴンドラの唄のよう。しゃれた⼩唄もあれば、R.シュトラウスを想わせる華麗な響きも飛び出す、熟練の技法がつぎ込まれた大きな楽章だ。第2楽章はアダージョの変奏曲。ヴィオラが憂鬱な歌を奏でる。途中で激情の嵐に⾒舞われるが、沈鬱なムードは変わらない。美しく、ほろ苦い⾳楽。第3楽章はレントラー⾵のアレグレット。哀愁をたたえたメロディをヴァイオリンが歌う。ト短調がト長調に変わるトリオでは、ヴィオラとヴァイオリンそれぞれが⼆重奏を軽やかに交わす。「ハンガリー舞曲」への愛着が全開となる第4楽章はロンド・ソナタ形式。ヴィオラが奏でるテーマは〝憂愁の調〟であるロ短調だが、ヴァイオリンが加わるとすぐにト長調に。弦楽器の難技巧が次々と繰り出され、シンコペーションが頻出する。最後はチャールダーシュ⾵のコーダが現れて、⼀気呵成に曲を閉じる。