JOURNAL
ハルサイジャーナル
ふじみダイアリー 今日のハルサイ事務局
外国人出演者の入国──コロナ禍の来日実現まで(3/3)
桜の季節があっという間に駆け抜けていった上野公園。今は鮮やかな新緑に包まれて初夏のような清々しさです。中盤戦の東京・春・音楽祭。のこり期間の公演を充実した内容でお贈りできるよう、今できることに全力で取り組んでまいります。どうかご声援ください! 「ふじみダイアリー」では、ハルサイにまつわるさまざまな話題をピックアップしてお伝えしています。
《ラ・ボエーム》の公演中止を発表した3月下旬の時点で、入国許諾が必要な外国人演奏家が出演するのは、残すところ、リッカルド・ムーティの一連の「イタリア・オペラ・アカデミー」、シュテファン・ショルテスが指揮する「合唱の芸術シリーズ」のモーツァルト《レクイエム》、そしてすでに2度の延期を受け入れて待機してくれているエギルス・シリンス(バス・バリトン)のリサイタル。この3つでした。
しかし、私たちは来日後14日間の隔離待機期間を計算してスケジュールを組んでいましたので、これらのタイムリミットもどんどん迫っている状況です。
「このままでは時間切れになってしまう」
切羽詰まった私たちは、「プランB」に切り替えることにしました。じつは、14日間の待機期間については、より厳しい条件を受け入れることで期間の短縮が認められる、代替措置があることを伝えられていました。バブル方式と言われる、実質的にはほぼ隔離状態を14日間続けながら、他者との空間的な分離を確保した「バブル」の中での活動のみが許されるプランです。
宿泊施設の個室から出ることができるのは、指定された会場に出かけるときのみ。食事はドアノブにかけたお弁当。リネン類の交換や洗濯も自分でやらなければならず、ゴミの回収もなし。常に随行者をつけて他者との距離を確保するように監視することが課され、その随行者も14日間、入国者と同じバブルの中で生活しなければならず、期間中は帰宅もオフィスへの出勤もできないのです。さらに、リハーサルや本番のステージで空間を共有する関係者全員、つまりムーティとショルテスが指揮する、オーケストラ、歌手、合唱団、そしてその場に立ち会うスタッフ全員の3日ごとのPCR検査も行なわなければなりません。PCR検査の手配と費用は主催者負担。運営的に非常に頭の痛い問題です。しかし、もはや背に腹はかえられません。代替措置の条件を厳守することを約束して、結果を待ちました。
そして、いよいよそのときがやって来たのです。
3月29日(月)。文化庁に確認しても、まだ結論は出ないという返事。しかしどうやら進んではいるらしく、今日手続きが終われば明日以降に当該国の在外公館でビザが発給される等々の説明がありました。まだまだ不安なままですが、ともかく待つしかありません。
すると夜になって、日本の文化庁や外務省からではなく、ムーティの個人アシスタントのミレーナから連絡がありました。
「ミラノの日本領事館から、明日30日の11時に来るように連絡が来たわ」
こちらには連絡がなかったのですが、どうやら無事に入国が認められ、ビザが発給されることになったようです。確認したところ、アカデミーの他の出演者たちにも同様の連絡が来たとのこと。よかった! ひとまずは、ようやくほっと胸を撫で下ろすことができました。
じつはそのあとも、30日11時のアポが直前にキャンセルされて関係者を大いに不安にさせたり、ビザの発給に必要な書類の交付が遅れ、綱渡りで時間ぎりぎりにミラノの領事館に飛び込んでもらったりといったアクシデントもあったのですが、アカデミーの《マクベス》の歌手たちは4月1日に、ムーティは4月2日に、無事来日することができました。
ムーティやアカデミーの若い指揮受講生たち、そしてショルテスは上述の代替措置で待機期間を短縮。飛沫感染の危険性を指摘される歌手たちは当初の予定どおり14日間の隔離待機を経て活動に入ります。もちろん、オーケストラや合唱団、私たち主催者スタッフも、3日ごとのPCR検査や動線分離などの条件を守り、厳格な防疫措置を講じてリハーサル・本番に臨みます。
なお、この代替措置により、アカデミーの講義(指揮マスタークラス)は、ムーティが直接会場で指導することが可能になりました。残念ながら会場に聴講生を入れることはできませんが、その代わり、レッスンの様子をインターネット・ライブで無料公開いたします(国内限定配信)。この機会にぜひ、ムーティの熱意あふれるレッスンの様子をご覧ください。
以上が、今年の東京・春・音楽祭で、外国人出演者の入国がようやく実現するに至った経緯です。結局私たちには現在も、政府が上陸拒否の対象から除外するという「特段の事情」の判断基準が何なのかはわかりません。2月下旬、不安に駆られて外務省、そして文化庁に問い合わせたあとは、先方の指示を頼りに手探りでやってきました。今のところ依然として入国ルールは明文化されていませんし、申請を受ける窓口も明らかではありません。私たちの交渉スタートも、怖いのでとにかくお役所に電話してみたこと。それが始まりでした。
その後、別府アルゲリッチ音楽祭からマルタ・アルゲリッチの来日が、日本フィルハーモニー交響楽団からはアレクサンドル・ラザレフの来日も発表されました。また、ムーティの到着よりひと足早く、東京のオペラに出演する外国人指揮者や歌手たちも入国できたようです。まだまだ予断を許さない感染拡大の状況次第ではありますが、今後は一定の制限を受け入れたうえで海外アーティストの入国が認められるケースが増えていくことを心から願っています。そのために私たちも今回、万全の注意を払い、徹底した防疫対策を厳守して取り組んでいくことをお約束します。