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ヨーロッパ<最旬>のバス タレク・ナズミ

ルネ・パーぺ、アブドラザコフ、そしてナズミの時代がやってくる!

ヨーロッパ<最旬>のバス タレク・ナズミ ルネ・パーぺ、アブドラザコフ、そしてナズミの時代がやってくる!

文・森岡実穂

タレク・ナズミ

 昨年の東京・春・音楽祭のマレク・ヤノフスキ指揮NHK交響楽団《ローエングリン》で、深く豊かな声、明瞭な言葉で戦時の指導者としての風格をたたえるハインリヒ王を歌い鮮烈な印象を残した1983年生まれのタレク・ナズミ。この4月には同役でウィーン国立歌劇場デビューが予定されているというように、現在国際的なオペラ歌手・コンサート歌手としてのキャリアを拡大しつつある伸び盛りのバスである。
クウェート生まれ、ミュンヘン育ちのナズミはミュンヘン国立音楽大学で学んだのちバイエルン国立歌劇場のオペラ・スタジオに参加、その後2012年から16年まで同劇場のアンサンブルに所属した。こうした大劇場の研修所で勉強し、そこの専属としてキャリアを始めることの利点は、何といっても日々ベテラン指揮者の下で大歌手たちの歌に接し、世界最前線の演出家たちの演出を受けられることだ。例えば、音楽監督であるキリル・ペトレンコの指揮では、ヤン・ボッセ演出《皇帝ティトの慈悲》(2014年)のプブリオを歌っている。また、ケント・ナガノ指揮、カリスト・ビエイト演出《ボリス・ゴドゥノフ》(2013年)ミチューハ役、ステファン・ショルテス指揮、バリー・コスキー演出《無口な女》(2014年)ファルファッロ役など、特にバスにとって重要な作品での経験は、将来への貴重な財産となるだろう。
フリーになってからの活躍は目覚ましいが、ザルツブルク音楽祭での活躍は特筆すべきだろう。リディア・シュタイアー演出《魔笛》には、2018年のコンスタンティン・カリディス指揮では弁者、2021年ヨアナ・マルヴィッツ指揮ではザラストロと続けて参加。今年の夏は、ここ数年ザルツブルク音楽祭で最も注目される組み合わせであるフランツ・ウェルザー=メスト指揮、アスミク・グリゴリアン出演の作品、クシシュトフ・ワリコフスキ演出のヴェルディ《マクベス》でバンコーを歌うことになっており、彼への期待の大きさがうかがわれる。
コンサートのソリストとしても、ペトレンコ、ガーディナー、クルレンツィスほかの指揮でヴェルディ、モーツァルト《レクイエム》、《ドイツ・レクイエム》《ミサ・ソレムニス》などの宗教曲ではひっぱりだこである。 クリスティアン・ゲルハーヘルに師事したナズミはもちろん歌曲にも多く取り組んでいる。今回歌う《冬の旅》については、2021年にバルセロナのリセウ歌劇場の企画で、ベルリン在住の日本人アーティスト塩田千春によるインスタレーション作品とともに歌った、という記録もあり、多様な表現に意欲的であることもうかがえる。 最新の舞台は今年1月ジュネーヴ歌劇場でのジョナサン・ノット指揮、ミヒャエル・タールハイマー演出《パルジファル》でのグルネマンツ。偉大な音楽の中で多くの言葉を明晰に伝えねばならないこの大役での歌唱について、フランスのウェブマガジン『フォーラム・オペラ』では「彼のための役」と絶賛、フランクフルター・アルゲマイネ紙では「この作品と共に彼の時代が到来した」と記事筆頭で称えられた。2023/24シーズンには、なんとバイエルン国立歌劇場の夏のフェスティバルでこの役を歌う予定がつい先日公表された。2013年に聖杯守護騎士を歌ったこの伝統ある歌劇場に、ほぼ10年でグルネマンツとして招かれるということが、彼の大いなる才能と着実な成長を証明するだろう。躍進を続けるナズミに、ぜひ今後も継続的に東京で歌ってほしいものだ。




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