JOURNAL

《ニュルンベルクのマイスタージンガー》 〜ストーリーと聴きどころ

文・岡本 稔(音楽評論家)


登場人物

ハンス・ザックス: 靴職人
ファイト・ポークナー: 金細工師
ジクストゥス・ベックメッサー: 市の書記
フリッツ・コートナー: パン屋
ヴァルター・フォン・シュトルツィング: フランケンの若い騎士
ダフィト: ザックスの徒弟
エファ: ポークナーの娘
マグダレーネ: エファの世話役

 ワーグナー自身が《ニュルンベルクのマイスタージンガー》を「バッハの続編」と呼んでいたように、彼の創作理念の中心は、古い音楽技法を自身の新しい技法の中に取り込み、溶け合わせることにあった。そのことは、劇中のザックスの言葉「古い響き、それでいて新しい響き」(第2幕)に集約されている。

 作者は、第1幕の前奏曲の冒頭主題を発展させることによって、前奏曲全体どころかオペラ全体を作曲してしまう、という大胆な試みに打って出た。他方、前奏曲中間部の変ホ長調の楽節における「転回可能対位法」(フーガを作曲するための基本的な技法)など、古い技法の意図的な使用も数多く見られる。

第1幕 カタリーナ教会の中

 幕が開くとそこは、16世紀半ばニュルンベルクのカタリーナ教会。会衆の最後列に金細工師ポークナーの娘エファと世話役のマグダレーネの姿がある。16世紀の宗教歌としては新しすぎる4声コラールが響きわたり、各節の間には、エファと柱の陰から彼女を見つめる騎士ヴァルターの感情の高ぶりが間奏としてクラリネット(女性の象徴)やチェロ(男性の象徴)によって演奏される。

 礼拝が終わると、ヴァルターは意中の娘に「ひと言だけ」と声をかける。彼のエファへの問いは、彼女が許婚か、というもの。エファに代わってマグダレーネが、「歌くらべの場でマイスターたちの意にかなった人」が花婿になる権利を得ることができる、と答える。

 そこへ、靴職人の徒弟ダフィトが歌の資格試験の会場設営のためにあらわれる。マグダレーネはヴァルターの相手をダフィトに委ね、エファとともにこの場を去る。ダフィトはヴァルターに「マイスターゲザンク」の詳細を伝えるが、彼はその複雑さと堅苦しさに辟易してしまう。

 会場の準備が整うと、教会の聖具室からポークナーと、エファを娶ることに躍起になっている市の書記ベックメッサーが出てくる。マイスタージンガーたちが続々と集まると、ポークナーはヴァルターを彼らに紹介し、資格試験の受験者として推薦する。しかし、ヴァルターの歌唱はマイスターゲザンクの規則から大きく逸脱していたため、記録係(審判)のベックメッサーは歌唱の途中で「歌い損ね」を宣言する。だが、靴職人のハンス・ザックスはヴァルターの歌の新しさに気づき、先を歌うよう求める。ヴァルターは歌い続けるが、マイスターたちは「歌い損ねで落第!」を宣言し、徒弟たちは踊り歌い、場面は混乱の坩堝と化す。個々の発言はまったく聞き取ることができない。しかしその音楽は、4分の6拍子=2分の2拍子の舞曲風動機の反復と、非常に規則的な楽節構造から成り立っており、混乱の音楽は実は整然と作曲されている。

第2幕 通りに面したザックスとポークナーの家の前

 オーケストラの短い序奏に、徒弟たちの合唱「ヨハネ祭」が続く。同じ日の午後、マグダレーネは、ダフィトからヴァルターの落第を聞き知る。夕暮れ時、ザックスは昼間のヴァルターの歌を思い起こし、その調べを「古い響き、それでいて新しい響き」と評す。この「ニワトコのモノローグ」と呼ばれる独白は、ザックスがヴァルター支持を決意する転換点である。「駒の近くで」トレモロする弦楽器の霞んだ響きに、ホルンの響きが浮かび上がり、ニワトコの独特の香りよろしく、響きが匂い立つ。

 ヴァルターの試験結果をマグダレーネから聞き及んだエファは、細事をザックスから聞き出そうと、彼の家を訪ねるが、ザックスは言葉巧みにはぐらかし、逆にエファの心中を推し量ろうとする。彼女が家に戻るところにヴァルターがあらわれ、二人は駆け落ちを企てる。しかし、最初は夜回りの夜警の笛の音(音色的にも和声的にも異化されている)と、二人の企てに気づいたザックスよって阻まれる。そこへ、求婚の歌を歌いにベックメッサーがやってきてしまう。

 窓辺に立つエファ(実はマグダレーネの変装)に向けて、ベックメッサーがいよいよ歌い始めようとすると、ザックスが大声で仕事歌を歌い始める。ベックメッサーは、ザックスに靴仕事の歌をやめてもらうための口実に、彼に歌を習いたいと申し出る。ザックスは、仕事道具のハンマーを叩きながらベックメッサーの歌に判定を下す。ハンマーの打撃音は、最初は単なる誤りの判定だが、徐々にわざと誤りへ導くようなタイミングへと移行してゆく。ここに、ザックス=ワーグナーによるベックメッサーへの意地悪い音楽的攻撃が見て取れよう。

 この出来事に気づいたダフィトは、ベックメッサーがマグダレーネに向けて歌っていることに怒り、殴りかかる。三者のやり取りは次第に深夜の騒音となり、騒ぎを聞きつけてあらわれた周辺住民たちを巻き込んでの乱闘騒ぎへと発展する。ここから、「殴り合いのフーガ」と呼ばれるオーケストラと合唱によるフィナーレへと突入するが、音楽の実態は本当の「フーガ」ではない。ベックメッサーの歌の主題をバス声部に置き(定旋律)、その上に複数の動機を、それぞれが声部を入れ替えても同時に演奏可能なように組み合わせる転回可能対位法という技法を用いたものである。そして、楽節構造も完全なシンメトリーを形成しており、第1幕フィナーレと同様に混乱の音楽は緻密な計算に基づいて構成されているのである。

第3幕 ザックスの工房/ペグニッツ河畔の広々とした野原

 第3幕の前奏曲は、古い音楽を象徴する対位法とコラールで作曲されている。すなわち、第2幕でザックスの仕事歌にあらわれた動機とその模倣(対位法)、そして第3幕の後半において大合唱で唱和される「目覚めよ!」の主題(コラール)である。

 幕が開くと、舞台は翌朝のザックスの工房。今しがたマグダレーネに思いを打ち明けたばかりのダフィトは、ザックスの求めに応じて「ヨハネの歌」を披露する。ザックスはヴァルターに、彼が見たという夢を詩にして今日の歌くらべの場で歌うよう提案する。ヴァルターはザックスのコメントを参考に歌を仕上げ、ザックスは詩を書きとる。

 二人が部屋へと引き取ると、ベックメッサーがあらわれ、工房の中へと侵入する。ミュートしたトランペットとホルンによるグロテスクな響きは、昨夜の乱闘騒ぎによって負傷したベックメッサーの姿を描写しているだけでなく、この後の彼の運命をも予感させる。詩が書き留められた紙を見つけたベックメッサーに、ザックスはこの詩で歌ってもよいと紙を差し出すが、詩の作者がヴァルターであることはあえて伝えない。

 小躍りしながら出て行くベックメッサーと入れ替わりに、めかし込んだエファがあらわれ、着替えを終えたヴァルターも姿を見せる。さらにマグダレーネとダフィトもそろい「五重唱」となる。

 場面転換を経て、舞台はペグニッツ河畔の野原となり、エファを褒賞とした歌くらべが始まる。ベックメッサーは、自分の旋律に他人の詩を無理に合わせようとしたがゆえに、歌詞を暗記しきれず、歌い損ねる。彼の歌唱は聴衆の爆笑を誘い、赤恥をかいたベックメッサーは、この詩の作者をザックスだと公言する。しかし、真の作者であるヴァルターが「正しい言葉と旋律」(ザックスの言葉)で歌い、満場一致で栄冠を勝ち取る。ヴァルターは、「あなたをマイスター組合に迎えよう」というポークナーの言葉を拒否するが、ザックスに「マイスターをないがしろにせず、その芸術を敬いたまえ」と説き伏せられ、これを受け入れる。ザックスの演説に呼応した民衆の大合唱「ザックス万歳!」とともに、全オーケストラが第1幕前奏曲の音楽を大々的に再現して幕となる。

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