JOURNAL

東欧? 東方?

「東京春祭〈Geist und Kunst〉室内楽シリーズ vol.1 郷古 廉(ヴァイオリン)&加藤洋之(ピアノ)東方の深き闇より――横坂 源(チェロ)を迎えて」に寄せて

文・宮山幸久

 「東欧(東ヨーロッパ)」という語はどこか曖昧だ。欧州大陸東部の国々という地理的文化圏分けが一般的だが、旧共産圏というイデオロギー的印象も常につきまとう。ハプスブルク家の勢力圏とオスマン・トルコの支配下にあった地域では文化も異なる。イデオロギー的な区分ならば、旧ソ連邦のコーカサス諸国まで含めることもできるだろう。21世紀の今日では、「東方」という語の方がむしろ良いかもしれない。

 レオシュ・ヤナーチェク(1854-1928)の音楽は故郷モラヴィアの話し言葉の抑揚がメロディとして細胞分裂のように発展する。歌劇や管弦楽曲で知られるが、ヴァイオリン・ソナタも円熟期の傑作。第1次世界大戦勃発期の作で、武器のぶつかり合いが聞こえるようだ。

 ボフスラフ・マルティヌー(1890-1959)もチェコ生まれで、まずヴァイオリンを学びチェコ・フィルに奏者として入団するものの、1923年にパリへ渡り、音楽の「エコール・ド・パリ」の一員として活躍した。しかし祖国への愛国的活動で目をつけられ、アメリカへ逃げた。「チェロ・ソナタ第1番」はまさにその時期の作で、先行きへの不安が影を落とす。

 強烈なエネルギーが炸裂する「剣の舞」で有名なアラム・ハチャトゥリアン(1903-78)はジョージア(グルジア)生まれのアルメニア人だが、1922年にモスクワへ行き、そのまま定住した。ショスタコーヴィチと同時代ながら弾圧された印象は薄く、むしろ東方伝統音楽を絶対音楽へ昇華させた最初の作曲家としてソ連の政策に育てられた感がある。「詩曲」が作られた1929年、スターリンはトロツキーを追放して独裁政権を始めた。

 パンチョ・ヴラディゲロフ(1899-1978)はブルガリア民族楽派を 代表するがスイス生まれ。母はロシア人で、「ドクトル・ジバゴ」で有名な作家ボリス・パステルナークの親戚にあたる。ピアノの名手でもあり、効果的なピアノ曲が数多い。ブルガリア出身の世界的ピアニスト、アレクシス・ワイセンベルクのピアノと作曲の師でもあった。代表作ブルガリア狂詩曲《ヴァルダル》はソ連邦が樹立した1922年の作で、聴き手の民族意識を煽る力を持つ。

 ハチャトゥリアンの一世代後のスルハン・ツィンツァーゼ(1925-1992)。終戦後の1945年からスターリンが歿する1953年とい う暗黒時代のモスクワに学び、ソ連邦崩壊とともに世を去った。チェロを学び弦楽器に精通しており、ジョージア民謡をアンサンブル用に美しく編曲した。今回の演目もそのひとつ。また、同じような作品の中に同郷のスターリン鍾愛の「スリコ」があるのも意味深長だ。

 ジョルジェ・エネスク(1881-1955)は、ルーマニア民族色の強い作風に比べ、国際派人生だった。7歳でウィーン、14歳でパリに学び、両文化の手法を駆使して故郷の伝統音楽を昇華させた。妻はカンタクジノ公女で、ビザンチン帝国の皇族の末裔に連なることになる。

 地理と歴史を、音楽作品からも学ぶことができる。

(「東京・春・音楽祭2020」公式プログラムより転載)
宮山幸久 Yukihisa Miyayama

株式会社キングインターナショナルのプロデューサー。少年時代以来ロシアとポーランドの文化に特別な愛着を持ち続け、現在はその紹介に心がけている。




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