JOURNAL

プッチーニのアリア

「東京春祭ディスカヴァリー・シリーズ vol.7 ジャコモ・プッチーニ」に寄せて

文・吉田光司

 ジャコモ・プッチーニ(1858-1924)のオペラの最大の魅力は、アリアの美しさではないだろうか。《ラ・ボエーム》の「冷たい手を」での詩人ロドルフォの情熱的な自己紹介も、《蝶々夫人》で蝶々さんがピンカートンの帰還を思い浮かべる切々とした歌も、さらには《トスカ》でトスカが邪な愛の犠牲から逃れる術を失って神に訴えかける歌も、カヴァラドッシが処刑を目前にして絶望する歌ですら、どれもうっとりするほど美しい。彼の最後のオペラ《トゥーランドット》でのカラフの「誰も寝てはならぬ」に至るまで、プッチーニのオペラのアリアは何であれ美しく魅惑的だ。

 しかし、アリアがどれも美しく魅惑的であることは、プッチーニの生前には時に批判の対象になっていた。大衆迎合的だと。

 プッチーニの同世代のイタリアオペラの作曲家たちは皆リヒャルト・ワーグナーの思想と音楽に強い影響を受けており、詞と音楽の融合が高らかに唱えられていた。その観点からすると、悲劇的な時ですら美しく魅惑的なプッチーニのアリアは反動的に見えたのかもしれない。しかしそれでもプッチーニはアリアの美しさにこだわり続けた。

 プッチーニには、アリアにおいて音楽を詞に窮屈に括りつけることなどできなかった。かといって旧来のオペラのように展開を止めてアリアを「個」の曲に仕立てることも、新しい時代の芸術を追い求めるプッチーニにはできなかった。

 そこでプッチーニはまず、斬新な和声と手の込んだオーケストレイションを駆使して、響きでオペラ全体の近代化を押し進めた。彼の最初のオペラ《妖精ヴィッリ》ですら当時としては驚くべき新鮮な響きの音楽で、さらに後年、ドビュッシーの《ペレアスとメリザンド》を体験した後の《西部の娘》でより一層近代的な響きを得て、《ジャンニ・スキッキ》でリヌッチョの歌う「フィレンツェは花の咲く樹のように」では、短い序奏だけでハッとさせられるほどの響きの色彩美を達成している。

 と同時に、プッチーニは台本に徹底的にこだわった。彼は台本作家たちに何度も書き直しと気に入らない場面の削除を命じて、一つの幕の中で物語と音楽が目覚ましい効果を上げるように、幕の設計を格段に緻密なものにした。イタリアオペラでは長年個々の音楽の連なりに慣れていたため、彼の同世代のイタリアオペラの作曲家たちがいくら詞と音楽の融合を目指していても、台本の段階でアリアの「個」の状態を一掃できなかった。それに対してプッチーニはオペラにおいていかに自然に美しいアリアに推移していくべきか、台本の段階で苦心していた。

 プッチーニがアリアを存分に美しく作ることができたのは、アリアそのものだけでなく、その裏にあるものに多大な労力をかけたからこそだ。プッチーニはいわば、一輪の花を美しく咲かせるために山を豊かにした庭師であり、一輪の花から山に庭師に思いを馳せることができるように、私たちは名アリアからオペラをそしてプッチーニを感じ取ることもできるのだ。

(「東京・春・音楽祭2020」公式プログラムより転載)
吉田光司 Koji Yoshida

音楽評論家。早稲田大学法学部卒業。国立音楽大学声楽科卒業。会社勤めの後フリーに転じ、オペラのCDやDVD、公演プログラムの解説やオペラ映像の字幕を多数手掛ける。




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