JOURNAL

ハルサイ的「世界街歩き」

バイロイト

プラハ、ウィーン、バイロイト 、ラヴェンナ…。
2005年に「東京のオペラの森」としてスタートし、2009年より「東京・春・音楽祭」として新たな幕開けをした音楽祭。
その16年の歩みの中で縁の生まれた、世界の街の数々をご紹介していきます。さあ、一緒に世界旅行へ。

 一本道の丘を上ると、そこには素朴にして堂々とした祝祭劇場が・・・。

 ここは前回のドレスデンから少し南へ下り、ニュルンベルクからは電車で北に1時間くらい。ドイツのバイエルン州にある小さな街、バイロイトです。この地には19世紀の大作曲家で西洋音楽の歴史を変えた一人、リヒャルト・ワーグナーが1876年に自らの楽劇を上演するために設計、完成させたバイロイト祝祭劇場があります。ワーグナー・ファン、ひいては音楽ファンにとって一度は行ってみたい夢の聖地。この祝祭劇場が建って以来、戦争などで幾度かの休止をはさみながらも、ワーグナーの子孫一族によってここでは今も毎夏、《ニーベルングの指環》をはじめ、ワーグナーの楽劇だけが何作も上演されるのです。これが唯一無二、天下のバイロイト音楽祭。

 選りすぐりの名指揮者、名歌手が招聘され、オーケストラのメンバーは夏休みを返上した「ワーグナー命!」。全ドイツ中の超一流楽団から選ばれる、それこそ選りすぐりのプレーヤーたちが集まります。このバイロイト祝祭管弦楽団のその熱く分厚い響きたるや!! バイロイト音楽祭は成り立ちも中身もワーグナー一色なのです。


 また、この劇場は普通のオペラハウスとは随分と違っています。ヨーロッパの一流オペラハウスの華やかさを期待すると肩透かしを食うことになるでしょう。内装にきらびやかさはナシ、木の椅子も簡素、さらにオーケストラ・ピットはフタがされていて観客には見えず(半分ステージ下にもぐっています。そのため団員はTシャツ、短パンで演奏しているなんてことも・笑。夏の劇場は暑いですから)、オケの音が一部床の下からにじみ出て舞台上の歌手の声と混じりあって響きます。この独特な音や内装の簡素さが相まって、聴衆はいやが上にもワーグナーの音楽世界「だけ」に集中することになるのです。

 ・・・すみません、すっかり劇場の話ばかりになってしまいましたが、もう一つだけ。街中からしばらく歩くと、緑がだんだん多くなってくる中に静かな一本の並木道があり、冒頭に書いたようにそのゆるやかな坂を上っていくとバイロイト祝祭劇場に到達します。もちろん、これもワーグナーが劇場を作るにあたって、自分の楽劇を聴く前の心理的効果を考えた演出としての仕掛けなのです。

 さてバイロイトは、夏のこの音楽祭を除けば、(言い方は悪いですが)なんということはない小さな街です。もちろん街の中央部には大きな広場があって、市場(Markt)などがいつも開かれていますし、もちろん教会やお城もあり、実は(通常の)オペラハウスも。住宅も多く、古き良き時代の趣にも欠けず、静かで暮らしやすそうな空気がここにはあります。音楽祭のおかげでレストランやホテルもたくさんありますし、もちろん美味しいドイツビールを飲めるお店もたくさん。(もっとも夏以外はどうしているのだろう?とふと心配になったり・・・)


2019年「子どものためのワーグナー」(バイロイト音楽祭提携公演)初日より。カタリーナ・ワーグナー氏(右)と東京・春・音楽祭 実行委員長 鈴木幸一/©青柳 聡

 そしてなんといっても「ワーグナー」が中心となる街ですから、ワーグナーが住んだ家(ヴァンフリート荘)や彼ら夫妻のお墓があり、またそのワーグナーと“色々”縁の深いフランツ・リストが晩年に暮らした家もあります。それらは博物館になっていて、彼ら大作曲家の様々な所縁の品などを見ることができるので、音楽祭の合間にここに通った方も多いのでは? 散歩をするにもちょうどいいのです。静かだし、緑もいっぱいで。

 さて、このバイロイト音楽祭の総裁は今も代々ワーグナー家の子孫たちが務めていますが、この地で生まれたその一人、カタリーナ・ワーグナー(リヒャルトの玄孫)は2019年から「東京・春・音楽祭」で「子どものためのワーグナー」の芸術監督も務めています。昨年は《さまよえるオランダ人》が、子どもが親しみやすい編曲で、しかし通常公演と同レベルの演出とトップクラスの歌手によって上演されました。カタリーナさんはバイロイトでも2009年から、未来の聴衆育成のためにこのプロジェクトをスタートさせており、これをぜひ東京でもやりたい!とハルサイでも情熱的に取り組んでいるのです


 どうでしょう?聖地バイロイトもぐっと身近なものに感じられませんか?

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