JOURNAL

20th Anniversary Special Talk

vol.5 オラフ・マニンガー(ベルリン・フィルソロ・チェロ奏者)×鈴木幸一

東京・春・音楽祭の実行委員長、鈴木幸一による対談シリーズ5人目のゲストは、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団ソロ・チェロ奏者のオラフ・マニンガー。東京春祭には2016年以降毎年のように出演しているおなじみの顔ですが、ベルリン・フィルの財団役員やメディア代表として楽団の運営にも携わる多才な音楽家です。対談は2023年11月、ベルリン・フィルの4年ぶりの日本ツアー期間中に行われました。

 

クラシック音楽とインターネットが結ぶ縁

鈴木幸一(以下鈴木) オラフさんとの出会いは8~9年前になるでしょうか。IIJ(インターネットイニシアティブ)まで来てくださいましたね。

オラフ・マニンガー(以下マニンガー) 私は当時ベルリン・フィルのコンサート映像を配信するプロジェクト「デジタル・コンサートホール」の代表として、ビジネスパートナーを探していました。その過程で、伝説的な人物がいるということを耳にしました。「インターネット技術に精通しているのと同時に、クラシック音楽にも理解が深い方がいる。その方と必ず会うべきですよ」と。それでIIJを訪問して、鈴木さんとお目にかかったわけです。クラシック音楽が熱狂的にお好きで、IIJの会長としてストリーミングの技術にも非常に詳しいことがよくわかりました。このような方に我々のパートナーになってほしいと思いました。最初に鈴木さんにお目にかかった時から「絶対に離したくない」と感じて、それ以来のお付き合いになります。

鈴木 男性からそんなふうに思っていただくなんてね(笑)。1992年創業のIIJはインターネットでは世界で2番目に古い会社ですが、テレビからインターネットへ、時代が移っていくだろうと僕が思ったのもその頃です。1994年頃にはアメリカ・シリコンバレーで先端的なストリーミング技術を開発した企業の若いCEO(最高経営責任者)の話を聞いて投資したこともありました。
ブロードキャスティングの仕組みはいずれ変わるだろうという読みで、僕も新しいパートナーを探していました。ベルリン・フィルがストリーミング配信に非常に関心があると聞いて、ベルリンのビール屋でオラフさんたちとディスカッションしたりしてね。2016年からIIJはベルリン・フィルのストリーミング・パートナーとして演奏会のライブ・ストリーミング配信のお手伝いをするようになりました。

マニンガー 完璧なパートナーに出会えたと思っています。「デジタル・コンサートホール」は2008年にスタートしましたが、東京・春・音楽祭は20周年だから、私たちの方が5歳ほど若いですね。とはいえ、音楽業界でストリーミング配信を始めた中では我々もかなり古い方です。ベルリン・フィルにとって「デジタル・コンサートホール」は全くの新天地でした。技術的な面でサポートしてくださるパートナーが不可欠でした。鈴木さんにめぐり会えたことは本当に幸運でした。


©︎池上直哉/2023年11月対談時の一枚。お互いに信頼している様子が写真からも伝わってくる。


日本と世界の芸術文化をつなぐ東京春祭

マニンガー ベルリン・フィルとIIJのパートナーシップと友情が結ばれ、音楽祭に参加させていただいていることを本当にうれしく思います。東京春祭には1カ月余りの間、素晴らしい芸術家や音楽家が集まります。日本人だけでなく、国際的に活躍しているアーティストが東京につどい、オペラ、シンフォニー、室内楽など、さまざまな演奏会が開催されます。日本の芸術文化と世界の芸術文化を結び付け、一つにまとめているところが東京春祭の素晴らしいところだと思います。

鈴木 僕は音楽の素人ですけど、音楽祭でやりたいこと、やってほしいことがあります。僕はクラシック音楽が大好きなのですが、昔の音楽だけではなく、幸せではないことも起きている今の時代に、現代の作品で人々に刺激を与える音楽祭であってほしいということ。でもそれではお客さんが入りません。良い方法はなかなか見つからないですね。

マニンガー 過去の作曲家の作品に重点を置くことは、人々にとって安らぎを与えるものだと私は考えます。例えばブラームス、マーラー、ブルックナーの音楽を聴いて、すぐに何か悪いことをする人はいないのではないでしょうか。それらは魂に良い刺激を与えてくれ、ポジティブな方向に気持ちを持っていける音楽だと思います。昔から数多の音楽が作曲されてきましたが、現代にまで残っている作品はごく一握りの本当に素晴らしい音楽ですから。



鈴木 今回のベルリン・フィル日本ツアーのプログラムはR.シュトラウスもブラームスもあり、本当に素晴らしかったですね。しかし僕は最近、みんなが批判するようなことを擁護したくなってきているんですよ。例えば、2023年のバイロイト音楽祭ではAR(拡張現実)グラスをかけて《パルジファル》を観ました。昔なら僕も怒りました。でも総監督のカタリーナ・ワーグナーさんには「面白いですね。試みが素晴らしい。新しい舞台空間を一緒に作りましょう」と言いました。また、秋にはニューヨークのメトロポリタン歌劇場(MET)のピーター・ゲルブ総裁のお招きで、現代のアメリカ人作曲家ジェイク・ヘギーによる《デッドマン・ウォーキング》を見ました。ゾッとするような演出でしたが聴衆はスタンディング・オーベーションでした。
僕は音楽祭を主宰する立場になって、そういう新しい試みも重要なことかもしれないと考えるようになりました。音楽祭を始めたことで自分にも変化がありました。METのゲルブ総裁とは「コロナ以降、客足が戻りきらないなかでどうするべきか」というような話もしましたが、音楽祭をやっている立場として何かチャレンジが必要だと思っています。演奏家の方にはあまり関心がないかもしれないけれど。

マニンガー 新しいことを始める場合、核となるメッセージが聴衆に伝わるように心を砕かなければならないと思います。 ベルリン・フィルも今シーズン、首席指揮者キリル・ペトレンコと共に現代音楽だけのプログラムのコンサートを開きました。4作品を演奏しましたが、ペトレンコが作品について語った後でお客様に聴いてもらいました。それを好むか好まないかは聴衆の自由ですが、何かを伝えることができたのではないかと思っています。

鈴木 1970年の大阪万博で、僕はこれが音楽だとはと思えないようなものをたくさん聴いてショックを受けました。クセナキスとかね。そういう経験が面白かった。当時のことがいまだに記憶に残っています。音楽祭でそういう刺激を受けてもらえたらと、僕の経験から思ったりもします。

マニンガー 先ほどお話した現代音楽プログラムではクセナキスの作品も演奏しました。クセナキスの音楽は非常に複雑で難しい。音楽家である我々1人1人にとってもそうですし、指揮者にとってもそうです。ブラームスの交響曲を練習するよりも10倍の時間が必要になります。高いクオリティの演奏でなければ、クセナキスのアイデアは聴衆には伝わりません。もしも音楽祭として新しい試みをするようでしたら、我々にできることがあれば喜んで協力させていただきます。


©︎増田雄介/2023年の東京・春・音楽祭「ベルリン・フィルのメンバーによる室内楽」リハーサル時。BPOメンバーによる室内楽公演は2016年から続いている。


音楽とビジネスのパートナーとして

鈴木 オラフさんとご一緒しているといつも楽しいのですが、 1つだけ残念だったことがあります。2020年6月、新宿御苑で開催予定だった野外コンサート「東京・春・音楽祭特別公演 ベルリン・フィルin Tokyo 2020」。ベルリン・フィルにとって日本で初めてとなる野外コンサートを無料で開催したいと計画していました。子どもたちだけでなく、たまたまベルリン・フィルを聴いた人も音楽ファンになるのではないか。そう期待していましたが、コロナの影響で中止になったのは僕にとって一番寂しいことでした。実現できていたら、もっと違う可能性が広がったかもしれないと思っています。

マニンガー ベルリン・フィルにとっても非常に残念でした。しかし、 我々のパートナーシップはこれからも変わらず続いていきますし、IIJは我々のファミリーだと思っています。私は2016年から東京春祭に出演していますが、2024年はクラリネットの四重奏曲と三重奏曲というスペシャルなプログラムを用意しています。W.ラブルの《クラリネットとヴァイオリン、チェロ、ピアノのための四重奏曲》とブルッフの《8つの小品》で、どちらもブラームスの影響を受けています。素晴らしい作曲家の作品を東京春祭でお届けできるのをとても楽しみにしています。

取材・文:出水奈美

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