JOURNAL

メンデルスゾーンの室内楽 白井圭×山本徹×小倉貴久子 座談会


左から山本 徹さん、小倉貴久子さん、白井圭さん

早逝の作曲家メンデルスゾーンの室内楽作品3曲をお届けする公演で共演する白井圭さん(ヴァイオリン)、山本 徹さん(チェロ)、小倉貴久子さん(フォルテピアノ)が座談会。「人気曲ばかりにスポットが当たっていて、まだしっかりフォーカスされていない作曲家に思う」と三人が口をそろえて言う“大天才”について、彼の音楽に向き合う際に大切に考えたい楽器の推移も含めてお話しいただきました。

■ゲーテが「奇跡という次元を超えている」と大絶賛したぐらい、メンデルスゾーンって本当に大天才なんだと思います

―今回演奏する3曲の魅力は?

白井:実は今まで演奏したことがあるのは1曲だけ。なので、曲順を決めるために全部聴いてみたら、なんて素晴らしい曲ばかりなんだろうと。なんでもっと演奏されないのだろう、と思いました。ピアノ・カルテットも若い頃の作品だけど、すごく充実してますね。

小倉: 曲順については、どれも重量級だから悩みました。何かしらストーリーがあった方がいいなと思って、結果、年代順に落ち着きました。カルテットなんて15歳くらいの時に書かれたもの。トリオも30代での作品で…。

山本:クインテットが34歳とかですね。

小倉:なので、メンデルスゾーンの人生を追える気分になりますね。意外なことに、最初に書かれたカルテットが、最も演奏時間が長いので、これを1曲やって休憩。ピアノ・トリオが後半の頭に来るっていうのはかなり珍しいことですよね。

白井:でも、若い頃に書いたピアノ四重奏を経て休憩になっても、全然問題ないくらいの、すごい濃い曲。

山本:圧倒的な充実感があるよね。

小倉:ゲーテが「奇跡という次元を超えている」と大絶賛したぐらい、メンデルスゾーンって本当に大天才なんだと思います。なのに、まだ焦点が当たっていない作曲家という感じがしていて…、本来だったらもっと当たるべきですよ。

山本:メンデルスゾーンは晩年というにはあまりにも早く亡くなってしまったので、そこがまたベートーベンとは全然違うところですよね。若い時の作品には、何て言うか、ものすごく温度が高い、熱いパッションがある。

小倉:初期の作品であってもびっくりするくらい円熟してるところが怖いです。本当に早熟な人だったんでしょうね。メンデルスゾーンって、すごくいい作品をバーッて書くのに、数か月後に見直したら「ああ、何てことだ」とか言って、ワーッて直しちゃうんです。そして直し始めたら、「もう駄目だ、グシャー」となって、終わりという作品が沢山ある。なんでああいう風になっちゃうのか、すごく謎です。でもこのピアノ三重奏曲と四重奏曲には、それがありません。

―今回、なぜフォルテピアノで演奏しようと?

白井:メンデルスゾーンの室内楽をやりませんかと言われた時に、他と同じようなものになったら面白くないなというのがまずありました。じゃあどういう風に作っていこうかと考えた時に、いわゆるヒップっていう、お尻じゃなくて。

山本:Historically Informed Performance。

白井:そう、歴史的な考察に昔から興味があったんです。昔はバロック作品に目が向けられてたけれど、最近は「ロマン派だって全然違う響きがしていたんじゃないか?」というのがどんどん広がっていて。そしてこれが、演奏すると面白い。説得力がすごい。よりロマンティックだし、より心に触れるんです。有田正広先生が毎回おっしゃるけど、ポルタメントの語源はポルタメンティスで、“心を運ぶ”ということ。その音楽を演奏するにしても、作曲するにしても、心を伝えることが一番大事。だけど心を伝えるよりも、音量とか正確な音程を伝えるという時代があった。だから、原点回帰したらまた違うものが見えてくるんじゃないかなと思うんです。そういうアプローチをするんだったら、やっぱり当時使われていた楽器で、そういうことを考えながらやる機会になったらいいなと。

―小倉さん、オファーを受けた時はどう思われましたか。

小倉:すごく嬉しかったです。東京・春・音楽祭には何回か出演させていただいていますが、意外なことにロマン派のプログラムは初めてかも。ロマン派は、私のメインのフィールドでもあるんですよね。

―山本さんはフォルテピアノが入ると聞いて、どんな感想を?

山本:本当に嬉しかったですね。この3人の組み合わせだったら絶対いいものができるって、聞いた瞬間に思いました。すごく楽しみにしています。

白井:山本さんは何を弾いても面白いんですよ。ただ綺麗に響かせるのではなく、一音一音の意味を考えて、捉える。

―メンデルスゾーンの曲は普通のピアノのピッチで演奏されることが多いと思いますが、今回はそれをフォルテピアノで、435ヘルツのピッチで、バロック的なアプローチでの演奏に挑戦されます。メンデルスゾーンの時代のピアノ・ピッチはどんな様子だったのでしょうか。

小倉:実はウィーンでは、当時からもう440あったんです。今でもそうですが、ウィーンは常に世界で一番高いピッチを持ってるんです。

白井:444とかね。

バプティスト・シュトライヒャー/1845年


小倉:昔から、ちょっとピッチが高いと上手に聴こえるというのがあります。私が今回使う1845年のバプティスト・シュトライヒャーはウィーンで作られたものですが、当時使っていたピッチは多分440。ただ、ピアノ線は強い張力なので、ケースが壊れないように、現代のピアノは中に金属の鋳型鉄骨フレームというのを入れて、周りの木のフレームを守っています。だけど例えばチェンバロとか当時の楽器って、全く金属のものが入ってない木のケース。弦の張力も弱いし、張ってる弦の本数もそんなに多くないので問題ないのですが、それがだんだんとフォルテピアノになっていくにつれ、張力が高くなり、弦も少しずつ太くなり、材質も硬いものになっていくと、ケースが壊れちゃうんですよね。
今回の1845年のシュトライヒャーは当時のスタイルを守っているほうで、補強のために入っている鉄の棒が、入れざるを得ないっていう感じで二本入っています。見た目はかなり木だけという感じなんですけど。だからどうしてもケースが弱いんです。なので、440ヘルツにしちゃうとケースが危ない。

白井:普段はもっと低く調律しているのですか。

小倉:だいたい435ヘルツにしてます。場合によっては管楽器の人の都合で430にすることもありますが、音の輝きなどが少し減るので、435がベストピッチですね。

■音への価値観の変化というのがあるんですね

―皆さんが持つメンデルスゾーンの印象は?

白井:すごく熱いものを持った天才って感じかな。すごい家庭に育ってる人なので、教養も高い。でもその中にほとばしるエネルギーがあって、彼の書く楽語ってアレグロ・コン・フォーコとかアレグロ・アパショナータとか、本当に情熱的な言葉を並べているんです。なのに、どこか優雅さがちゃんと共存している。この感じは、モダンな楽器で、モダンの感覚でやるよりも、ピアノがフォルテピアノだっていうことだけで、自然に出てくると感じています。

山本:そうですね。実はチェロを始める前はピアノをやっていたんですが、メンデルスゾーンってすごく良い曲を書くなあという印象がありました。そのあとチェロを始めて、彼の音楽の違う部分、何か熱い部分に触れて、認識を新たにした感じです。「エリア」なんて、メンデルスゾーンの熱い心が溢れているっていう感じで、本当に素晴らしいですし…。今回演奏する曲に共通して言えるものなので、個人的にはそういう部分に戻ってこられて嬉しいですね。

小倉:メンデルスゾーンってヴァイオリンも上手かったけど、ピアノもすごく上手かったんですよね。だからピアノの音がものすごく多い。

山本:これ全部自分で弾いているんですよね。

小倉:メンデルスゾーンの時代の楽器から現代のピアノって、いろんな点で大きく変わったんです。まず音の体積。一つの音が持つ体積みたいなものが、すごく大きくなったというか。だから大ホールでも「ばーん」と響く。

山本:それこそさっきおっしゃっていたフレームの改良とか。

小倉:そうです。例えば今回使うフォルテピアノはハンマーが革です。当時、ウィーンの楽器って革なんです。だけど現代のはフェルト。当時は革の方が良いというのが常識でしたが、革ってつまりは動物の皮を剝いで作るので、それぞれ厚さが違ってしまう。それを切って貼るだけでも、ものすごい手間がかかる。その点、フェルトは工場生産だから均一に作れます。それでも当初は「音がダメでしょう」とか言われて、フェルトの上に革を貼ったりしていたんですけど、それも次第に無くなっていきます。
その過程の一つに、音への価値観の変化というのがあるんですね。フェルトは母音重視で、歌います。「あー」とか「うー」とか、そういう響きにはとても良いんですね、伸びがあって。方や、革は子音重視なんです。言葉のkとかtとかsを発音する時の音は、革じゃないとダメ。革のハンマーだと、プルプルプルっておしゃべりしてるみたいな音数が多いものであっても、本当にササッと演奏できるんです。
メンデルスゾーンは当時のフォルテピアノで演奏することを想定して書いています。例えばスタッカートとか、長いレガートとか。ペダルも、すごく長く、和声が変わるのにずっと踏み続けて欲しいという部分があるんですが、それを現代のピアノでやると、ワーっと汚くなってしまうんですよね。

白井:当時のピアノは減声も早かった。

小倉:減声が早いから、響きも幻想的になります。加えて、立ち上がりがいいというのもありますね。だから、次に来る音たちが見えるんですよ。なので、16分音符とか、ものすごく早い、ふわっとした、独特の妖精の音楽みたいなものができるんだと思います。

■良い音って何なんだろうっていうのを、よく考えています

―現代のグランドピアノとフォルテピアノは弾き方は異なりますか。

山本:全然違います。今回のフォルテピアノは平行弦。現代のピアノは、弦が(腕を交差させて)こういう風に交差してるんですね。当時のピアノは平行弦なので、本当にその音の純度とかが全然変わってくるんです。だからにじませた時もいい「にじみ具合」になるんです。

小倉:平行弦によって、各音域の音の個性も結構あるんです。低音を弾いてる時に「あれ、チェロが弾いてるのかな? 私かな?」って思うぐらい、音色感が混ざるときがあります。室内楽の時にこそ、フォルテピアノの本当の意味がわかるというぐらい。

白井:お二人はもちろん、今回共演する全員から色々なことを聞きたいし、学びたいし、一緒に音を出してるだけで勉強になるんだと感じています。みんなで演奏してみて、音を引き出して、一緒に朗読の勉強をするみたいな…。それがすごく楽しみですね。

小倉:私も本当に楽しみです。白井さんとの共演も久しぶり。今熱い、ロマン派のことも研究されているなんて。

山本:楽器のリミットをぎりぎりまで攻める、あるいはそれを超えるような要求を、作曲家がいかにやっていたかというのを考えたいです。

白井:何が超える要求で、何が超えない要求だったのか。今じゃわからないけどね。

山本:なんでもできちゃう楽器になってきたからね。だからあえて、当時の楽器でやることが重要で、ピアノの特性は大事だと思うんです。それができる機会は限られていますが。


小倉:私は推理小説が好きなんですけど、楽器のことも含めて「こうだったんじゃないかな」と推理していく喜びがあると感じています。そういうのがすごくクリエイティブ。

白井:考えなきゃいけないこともたくさん出てくる。良い音って何なんだろうっていうのを、よく考えています。やっぱり良い音っていうと、弦楽器だったら大きくて力強くて、ビブラートがたくさん使われていて、よく響くって思うかもしれないけど、場所によってはそれは全く良い音じゃない。存在意義すらないかもしれない。本当にその場その場での良い音というものを出す。良い音と言うより、必要とされてる音、をね。
東京春祭でこういうプログラムを演奏させてくれるのに、正直ちょっと驚いています。どちらかというとオーソドックスで、しっかり出来上がってるものをやっているイメージだったので、それこそ今、世界で熱いロマン派の音楽を、当時の響きを聴いてみたいという企画をする。それは新しくて、面白い。違う見方で聴く演奏会をお客さんに提供できるようになるといいです。

関連公演

メンデルスゾーンの室内楽

日時・会場

2026年4月16日 [木] 19:00開演(18:30開場)
東京文化会館 小ホール

出演

ヴァイオリン:白井 圭石原悠企
ヴィオラ:笠井大暉山本 周
チェロ:山本 徹
フォルテピアノ:小倉貴久子

曲目

メンデルスゾーン:
 ピアノ四重奏曲 第3番 ロ短調 op.3
 ピアノ三重奏曲 第1番 ニ短調 op.49
 弦楽五重奏曲 第2番 変ロ長調 op.87

料金

全席指定:¥5,000 U-25:¥2,000 ネット席:¥1,500

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