JOURNAL
ハルサイジャーナル
ローマの松って、どんな松?

無鄰菴庭園
京都南禅寺界隈別荘群に旧山縣有朋別邸、無鄰菴がある。近代感覚を持った稀代の庭園施主山縣有朋がのちに天才庭師と称される七代目小川治兵衛とともに作庭した名庭園が見どころだ。足元は苔が蒸した典型的な日本庭園とは違い、芝生、里山の風景や小川を織り込んだ自然主義的、近代的な作庭。加えて見事なのは面積はそれほど広くない中、東山をメインにして——借景ではなく主山(しゅざん)として——庭の区画を超えて山と庭が連続的な一体感を持った広がりのある空間を作っているところだ。
異彩を放つ日本庭園で、さらに異色の樹木がある。マツ科の常緑針葉樹、モミノキだ。本来モミノキは伝統的な日本庭園に植えるという選択自体ない。今となっては主山東山からの境なく連続ある構図を作る重要な構成要素となっているモミノキ。この樹木を庭に取り入れるとする施主意向を聞いた時、若き日の小川治兵衛はどう思ったか。作庭を思案する姿が容易に思い浮かぶ。また施主である山縣有朋翁からの一筋縄ではいかない繰り返される禅問答に頭を悩ませる姿も。もしかしたらモミノキを植えた後も、木の前で未来に到来する庭園のゴールイメージのすり合わせを繰り返したのではないか。
そんな会話は実際にあったかもしれないし、なかったかもしれない。ただ生命力あふれる常緑のモミノキは当時と現代をつなげ、過去のあるシーンの想像力を膨らませる仲介物となっている。
枝葉は成長するも長年、変わらぬ場所で生命感あふれる姿で存在し続ける樹木。松に代表される樹木は時空の交錯へいざない、現代と過去のキャッチボールを促す。

ボルゲーゼ公園の松並木
第1部 ボルゲーゼ荘の松
第2部 カタコンバ付近の松
第3部 ジャニコロの松 ジャニコロの丘 ローマを一望する丘 ペテロ
第4部 アッピア街道の松
いずれの場所も古くからローマの名所。現在はローマ観光の見どころになっている場所である。≪ローマの松≫は植生している松と標題されている。松は生育すると大きな傘のような形状になるイタリアカサマツを想定していると思う。
無鄰菴にあるマツ科のモミノキ同様、名所に生える常緑樹木は歴史上の偉人、出来事、歴史が動いた瞬間もずっとそこにあって歴史の目撃者となっていた。もちろん同じ樹木ではなく、二代目、三代目と代替わりしているかもしれないが、その場にあり続けていることで、そこに訪れた者たちは時空を跨いだキャッチボールができる。
時空を超えた想像は、人それぞれの体験や考えによって異なるだろう。一つの聴き方ではあるが、現代から過去へたどり、さらにローマが燦然と輝いていた時代へとタイムスリップさせる。
最初はボルゲーゼ荘。今はローマ市民の憩いの場になっている巨大公園は、17世紀にボルゲーゼ枢機卿発端で整備がすすめられた。見事な邸宅、噴水、イギリス式庭園などローマ美術をいくつも具現化したような庭園は見どころが多い。20世紀にはいるとローマ市が買い取り、市民公園となった。ローマ市民は各々お気に入りの場所があるはずだ。松の緑が陽の光に美しく反射する中、子どもたちや人々が集い、思い思いに憩いのひと時を過ごす。
カタコンバはキリスト教徒の共同墓であり集会所。どのカタコンバに行っても、独特の静謐な空気が脈々と受け継がれ、流れている。信仰を拠り所にして、信仰をつなぎ、次世代へつないでいく人たちが集う場は今でも盾の役目も帯びている。また信仰の自由のために矛をとって戦った人たちもカタコンバには眠っているだろう。またキリスト教弾圧のために殉教した人もいるだろう、ペテロのように。
ペテロ殉教の地とも伝えられているジャニコロの丘。ヴァチカン——ペテロが埋葬された地に建てられたと伝えられているのがサン・ピエトロ大聖堂——から少々歩くが徒歩圏にある丘はローマを一望できる絶景だ。東京とは違い、長きにわたり一望できる景色はそう大きく変わっていないと一瞬考えてしまうが、紀元後直後を思うと、サン・ピエトロ大聖堂も存在せず、全く違った景色が丘から展望できたはずだ。変わらないのは毎日繰り返される夕映えの光。ローマの光と影、帝国の栄光と没落へも思いをはせるひと時を過ごせる。

アッピア街道の遺跡と松並木
第4部はペテロがローマでの布教弾圧から逃れようとするとき、イエスが現れて再びローマに戻ったという話もあるアッピア街道。「すべての道はローマに通ず」を現物として現代に伝える、紀元前に行われた街道敷設事業はローマの光と影、両面の歴史的な出来事の現場になる。
時間というタテの展開としては、ローマという長い期間をおき、その時系列にキリスト教にまつわる出来事やその場面が横糸を入れるように重ねられていく。松は当時の目撃者として、今はそのシーンをいざなう媒介者として、同じ場所に存在し続けている。そしてレスピーギが≪ローマの松≫で駆使したオーケストレーションは、より多声性、多層性ある時空を超えた交錯の世界へ誘い、今やそれ自体が「松」のような役目を持っている。そしてイタリア音楽の体現者、リッカルド・ムーティの存在も今や「松」であるといっても過言ではない。
関連公演
リッカルド・ムーティ指揮 東京春祭オーケストラ
日時・会場
2025年4月11日 [金] 19:00開演(18:00開場)
2025年4月12日 [土] 15:00開演(14:00開場)
東京文化会館 大ホール
出演
指揮:リッカルド・ムーティ
管弦楽:東京春祭オーケストラ
曲目
ヴェルディ:歌劇《ナブッコ》序曲
マスカーニ:歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》間奏曲
レオンカヴァッロ:歌劇《道化師》間奏曲
ジョルダーノ:歌劇《フェドーラ》間奏曲
プッチーニ:歌劇《マノン・レスコー》間奏曲
ヴェルディ:歌劇《運命の力》序曲
カタラーニ:コンテンプラツィオーネ
レスピーギ:交響詩《ローマの松》
チケット料金
S:¥19,000 A:¥16,000 B:¥13,000 C:¥11,000 D:¥9,000 E:¥7,000
U-25:¥3,000
