JOURNAL

桜咲く上野の森に、強い女が集結!

〜エレクトラ、イゾルデ、アイーダ、ミミがやってくる!

文・石戸谷結子

 どうしてかは知らないけれど、オペラに登場する二枚目の男たちは、少し頼りない、弱い男が多いような気がする。たとえば《カルメン》のドン・ホセや、《椿姫》のアルフレード、《マノン・レスコー》のデ・グリュー、《ウェルテル》のウェルテル、《ドン・カルロ》のドン・カルロ、《蝶々夫人》のピンカートンなど、挙げればきりがない。色男って、やっぱり金も力もないようなのだ。

 いっぽう女性の場合、実に魅力的なヒロインが大勢登場する。とくに、凛とした強い女が。カルメン、蝶々さん、レオノーラ、レオノーレ、ノルマ・・・などなど。なかでも、最強は、エレクトラとイゾルデではないだろうか。じつはこの春、東京・上野にその強い女性が揃ってやって来る。


今最も聴きたいエレクトラ、ドラマティック・ソプラノのエレーナ・パンクラトヴァ(ソプラノ)

 《エレクトラ》のヒロイン、エレクトラはもとはと言えば、古代ギリシャのミケーネの王女。しかし今は、暗い地下室でぼろを纏い、のたうち回りながら、狂ったように父の名を叫んでいる。じつは父王アガメムノンは遠征から帰還したとたん、妻とその愛人に殺害されてしまったのだ。父を熱愛していたエレクトラは、母を憎み(父に憧れ、母を嫉妬。エレクトラ・コンプレックスともいわれ、よくある話です?)、斧を隠し持って復讐の機会を狙っていた。まずは冷静に策を練り、姿を現した弟に斧を手渡し、二人の殺害を依頼する。目的を成し遂げたエレクトラは、狂喜乱舞してその場に崩れ落ちる。復讐に燃え、ひたすら目的に突き進むエレクトラ。この一途さと強靭な精神力こそが、女性の鏡です。強すぎて怖い、ですか?


イゾルデ役には、世界中の歌劇場等第一線で活躍するノルウェーを代表するソプラノ、ビルギッテ・クリステンセン(ソプラノ)

 《トリスタンとイゾルデ》の、イゾルデは、アイルランドの王女で絶世の美女だが、とにかく気位が高い。ある時出会ったトリスタンに強く心惹かれるが、彼は自分の許嫁を倒した憎い男。その彼が、あろうことか、老王に嫁ぐ自分を送り届ける使者として姿を現したのだ。憎いけれど、でも会いたい。イゾルデは、傲慢な態度でトリスタンを呼びつける。しかし彼は、理由をつけて現れない。あとはご存じ、クスリが二人を結びつけた。薬が無くとも、きっと二人は結ばれた。毒薬と知りながら、どちらも死を覚悟して杯を飲み干したのだから(侍女の機転で、毒は媚薬に代わったのだけれど)。

 誇り高いイゾルデと、寡黙な英雄トリスタン。魅力的な二人に共通するのは、一途さと潔さだ。森での密会がマルケ王に見つかった時、トリスタンはイゾルデに語りかける。「母が私を産んだ愛の国、そこにあなたはついてきますか」。イゾルデは即答する、「はい」と。トリスタンはそこで自決を決意する。もちろん、イゾルデも死を覚悟した。

 もしも不倫をするなら(トリスタンにとってイゾルデは、自分を育ててくれた叔父の妻となる人)、覚悟が必要だ。愛が大事なら、死をも辞さない潔さが必要らしい。イゾルデは凛々しく強い意志と、潔い覚悟を身につけた女性だった。


現代を代表する世界屈指のソプラノ、マリア・ホセ・シーリ(ソプラノ)がアイーダ役を

 春の東京・上野に、あと二人の優しいけれど、しなやかで強い女性が出現する。アイーダとミミだ。《アイーダ》のヒロインは、いまはエジプトの奴隷だが、じつはエチオピアの王女。密かに、敵対するエジプトの英雄ラダメスと恋仲になってしまった。両国は戦い、負けたアイーダの父、エチオピア王は奴隷に身をやつしてエジプトに連れられて来る。そして父はアイーダに命令する。ラダメスから軍の機密を聞き出せと。アイーダはラダメスと密会し、言葉巧みに彼から重要事項を聞き出す。しかし事件は発覚し、ラダメスは捉えられて、死刑を言い渡される。アイーダはいったん逃げたのだが、ラダメスが閉じ込められた土牢に忍び込む。ラダメスと一緒に死ぬために。アイーダもまた、強い自分の意志を持って行動する、一途な愛に生きた女性だった。アイーダとラダメスは、民族間の諍いや宗教の違いなどから、戦い敵対する国を超えて愛し合う。《アイーダ》は時代を超え、争いのために犠牲となった男女の悲恋物語なのだ。


今最も旬で、2022年東京春祭《トゥーランドット》リュー役でも記憶に新しい、セレーネ・ザネッティ(ソプラノ)がミミを

 《ラ・ボエーム》のミミは、ドレスや布に、花の刺繍をして生計をたてるお針子だ。ある日、アパートの階下に住む詩人のロドルフォと出逢い、恋仲になる。しかし、日々の貧しい暮らしのなか、充分な治療を受けられないまま、結核におかされる。本当の名前はルチアだが、なぜかみんなには、ミミという愛称で呼ばれる、可憐な娘だ。しかし、オペラの原作であるアンリ・ミュルジェールの小説「ボヘミアンの生活風景」を読むと、ミミはロドルフォを愛していながら、お金持ちの子爵とも付き合って、華やかな生活にも憧れるしたたかな娘。プッチーニが描くミミは、理想化され、貧しい暮らしと病にも必死で闘う、けなげな女性だ。しかし、かつて見た名演出家、ハリー・クプファーが演出した舞台では、ミミはロドフフォに恋し、部屋の外で彼がひとりになるのを待ち、ろうそくの炎を自分で吹き消して、ドアをノックするのだ。お針子のミミもまた、強い意志を持った娘だった。

 エレクトラとイゾルデ、そしてアイーダとミミ。どの女性も凛として強く魅力的だ。強い女、それはいい女です!




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