JOURNAL
春祭ジャーナル
ふじみダイアリー 今日のハルサイ事務局
ピアノのことはおまかせです── 私たちの頼もしい調律師・外山さん
桜の季節があっという間に駆け抜けていった上野公園。今は鮮やかな新緑に包まれて初夏のような清々しさです。中盤戦の東京・春・音楽祭。のこり期間の公演を充実した内容でお贈りできるよう、今できることに全力で取り組んでまいります。どうかご声援ください! 「ふじみダイアリー」では、ハルサイにまつわるさまざまな話題をピックアップしてお伝えしています。
東京・春・音楽祭はさまざまな分野の多くの方々の協力を得て運営されています。その欠かせない一人がピアノ調律師の外山洋司さん。期間中、東京文化会館をはじめとする各会場のピアノの調律は、ほぼ外山さんお一人に頼り切っています。仕事の合間にお話を聞きました。
「調律師の仕事としてはいつもどおりではあるのですが、文化会館のスタインウェイの豊かな響きが最大限に生かされるよう、調律、調整、整音のバランスやピアノの設置場所に気を配りながら作業しています」
「いつもどおり」という言葉にプロの矜恃を感じます。
ただ、あえて挙げるなら、毎年行なわれる「マラソン・コンサート」は、通常とは異なる緊張感があるのだそうです。
「調律ももちろんですが、楽器の転換ですね。マラソン・コンサートは多彩な演奏スタイルに合わせて楽器編成が次々に変わるので、そのたびにピアノを移動しなければならず、それを滞りなくいかにスムーズにできるか。F1レースのタイヤ交換みたいなものです。演奏中には次の転換を舞台監督さんと確認しながら舞台裏でスタンバイしています」
なるほど。ピアノの移動も調律師さんのお仕事なのです。しかもマラソン・コンサートは一日中ずっと、短いインターバルで本番が連続するので、調律そのものに使える時間も限られているはずです。
「今年は2台ピアノもありますからね。私は必ず一人でやることにしています」
調律にもそれぞれの個性があって、2台とも一人で調律しないと微妙に音がずれることがあるのだそうです。
慌ただしそうですが、それでも毎年、「小宮正安さんのレクチャーがとても勉強になる」と、お客さまと同じ感覚で、マラソン・コンサート自体も楽しみながら仕事をしている外山さん。とにかく音楽がお好きなのです。
「なぜこの仕事を選んだのかとよく聞かれるのですが、一も二もなく、音楽が好きだから。ピアノ(楽器)は音楽のための道具でしょう? 道具ありきではありません。家に帰っても、寝るまでオーディオを楽しんでいます」
映画化された小説『羊と鋼の森』の影響で、調律の仕事に人気が集中しているのかと思いきや、現実はそう簡単ではなさそうです。外山さんが学んだ調律学校には当時毎年100人以上が入学していたのに、現在は毎年10数人ほどの生徒しかいないのだそう。
「やはり職人仕事ですから。一人前になるにも時間がかかるので、若い人はやりたがらないのかもしれません」
そんな状況をなんとかしたいと、外山さんは、『羊と鋼の森』の原作者・宮下奈都とのトーク・イベントに出演するなど、この仕事を知ってもらうことにも尽力しているそうです。
ごく一部の例外を除けば、自分の楽器を持ち歩くことのできないピアニストにとって、調律師の存在はとても重要です。技術的なことはもちろん、これから本番を迎えるピアニストに、なるべく居心地のよい場を作ってあげるのも大事な仕事なのだと教えてくれました。
前職はスタインウェイの代理店だった松尾楽器商会の技術部長。日本の現役調律師のなかで、最も多くのピアニストと仕事をしてきたのは、きっと外山さんでしょう。そんな大ヴェテランですが、コンサート・チューナーに憧れてその道を探していた若い頃には、スタインウェイ本社で勉強したくて英語で手紙を書いたのだけれど、結局住所がわからず投函できなかったという、オチ付きの武勇伝もお持ちです。「でもいま考えれば、Germay, Steinway & Sons だけでも届きましたよね」と穏やかに笑う外山さん。
今年のマラソン・コンサートは今週土曜日の4月10日。公演はもちろん、フェラーリのピットクルーばりの秒速で舞台転換に携わる外山さんにもぜひご注目を!