JOURNAL

ディオティマ弦楽四重奏団に訊く、ノーノとベートーヴェン・プログラムの真意

文:山根悟郎(オフィス山根代表)

ディオティマ弦楽四重奏団が2年ぶりに来日し、ノーノそしてベートーヴェンを演奏する。ノーノの作品は、彼らの名前に冠されたものであるものの、日本で演奏するのははじめてだという(ディオティマQは今年で結成から30年を迎える)。

ベートーヴェンとともに演奏することで彼らはいったい何を日本の聴衆にもたらしてくれるのだろうか? たった一回だけの、だが極めて重要なこの演奏会にかける思いを彼らに尋ねた。返答までにかなりの時間を要したが、戻って来た回答はあまりにも興味深く、一言一句が重い。

彼らが東京・春・音楽祭で演奏するのは一昨年前のシェーンベルク祭り(弦楽四重奏曲全曲+浄夜)というとんでもない演奏会以来だが、今年のこのコンサートも、あらゆる音楽ファンにとって「とんでもない」体験となることは間違いがない。さあ、いますぐ彼らの言葉を読み、そしてそのままチケット予約へ!すでにチケットをお持ちの方は友人、知人にずばずばと紹介し、逃したらどれだけ損するか説いて回ってほしい。いまこのような硬派な音楽を、世界屈指のアンサンブルで聴けるチャンスは激減している。ぐずぐずしている余裕はもはや一刻もない。購入、購入、そして購入! そののち、指折り数えながらあと1ヶ月弱を待ちたい。

― あなた方のカルテットの名前は、ルイジ・ノーノのこの作品に由来していますね。なぜディオティマという名前を選ばれたのでしょう。

部分的にはノーノに由来していますが、それだけではありません。ノーノはこの作品の中でフリードリヒ・ヘルダーリンの詩を引用しています。カルテットを結成したとき、私たちは自分たちのレパートリーを反映する名前を探していました。一方には現代音楽、つまり最先端のアヴァンギャルドの精神があり、もう一方には弦楽四重奏の偉大な伝統、特にドイツ・ロマン派の流れ、そしてその中心にベートーヴェンがいます。そう考えたとき「ディオティマ」という名前が自然に現れたのです。現代作品と古典レパートリーを組み合わせることは当時も今も、私たちの目標です。同じコンサートの中でノーノとベートーヴェンを聴くことはとても興味深く刺激的で、充実した体験です。もしかするとノーノがどこか親しみやすく感じられたり、逆にベートーヴェンが非常に現代的に聴こえたりなど、聴こえ方がまったく違ってくるかもしれないからです。いずれにせよ過去への深い理解なしにアヴァンギャルドは存在しえないのです!

― 日本には「名は体を表す」という言葉があります。カルテットの名前を選ぶことは、そのアイデンティティの一部になります。名前が活動に影響を与えたと感じますか。

「名前が本質を表す」という考えには完全に同意しますが、影響をうけたかというと、必ずしもそうではありません。私たちはすでに芸術的な目標や方向性を持っていて、それを表すためにこの名前をあえて選んだのです。つまり、自分たちの「本質」を反映する名前として、です。この名前が、すでに自分たちの中にあったものを成長させていく助けにはなったかもしれません。そしてこの名前は今でも私たちの活動を完璧に表していると思っています!

ルイジ・ノーノ/1979年

― ノーノは1990年に亡くなっていますので、直接話をする機会はなかったと思います。ご家族や関係者とお話をされたことはありますか。

残念ながら、ノーノはカルテットを結成する6年前に亡くなっており、会ったことはありません。それでも、人としても芸術家としても、ノーノをとてもよく知っているかのような心持ちになることがあります。私たちは、ノーノをよく知る多くの人々と、人柄や芸術について話をする機会がありました。例えばワルター・レヴィン(ラサール四重奏団第1ヴァイオリン奏者。この作品を初演した)、ヌリア・シェーンベルク=ノーノ(ノーノの妻)、ヘルムート・ラッヘンマン(ノーノの数少ない弟子の一人)、アーヴィン・アルディッティ(ドキュメンタリー映画「The Quartet of the Possibles」を制作)、アンドレ・リシャール(ノーノの電子音響作品に多数参加)などです。それぞれ世代も関係性も異なりますが、皆ノーノを深く愛し、非常に尊敬していました。ノーノは性格的に難しいところもあったようですが、極めて情熱的で、強い信念を持った人物であり、妥協を知りませんでした。そのことが全員に強烈な印象を残したのです。

― この作品はこれまでに多く演奏されてきたのでしょうか。

30年の活動の中で、ヨーロッパやアメリカで繰り返し演奏してきました。また最初期のCDでも採り上げました。とはいえこの作品は非常に特殊なため、すべての主催者がリスクを取ろうとするわけではありません。
特に忘れられないのは、エルサルバドルのサンサルバドルでのコンサートです。入場無料だったため観客の多くが「ヴェルディのような」弦楽四重奏を期待して来ていました。コンサート開始時にはホールに1000人ほどの人たちがいましたが、36分の作品が終わる頃には、残っていたのは100人にも満たなかったのです。この作品の成功は、観客にも大きく関係しています。長い休止や沈黙があるからです。ですからこの作品を日本で初めて演奏できることをとても楽しみにしています。

シェーンベルク 弦楽四重奏曲 全曲演奏会/東京・春・音楽祭2024 ©︎松本和幸

― この音楽をどのように理解し、どのように演奏したいとお考えでしょうか。

この四重奏の一つ一つの音は、極めて繊細なバランスの上に成り立っていると感じています。それぞれの楽器には微妙に異なる奏法の指示があり、その均衡は詩的、かつ儚いものです。私たちはその一つ一つの音の内部へと入り込み、中に隠れている多くの側面を聴き取ろうしています。そうすることで、共に音を作る新しい手段を毎回発見します。演奏のたびに私たちが生み出す音は違った形で結びつくのです。東京での演奏にも、細部への細心の注意を払い、忍耐力を持ち、すべての音に瞑想的な姿勢で臨みたいと思っています。ノーノの四重奏曲はそれぞれの楽器を創造力に満ちた方法で結びつけるところから生まれています。

― ノーノとベートーヴェンの作品132を同じコンサートで演奏する意味は何でしょうか。

先ほどの説明の最後の部分は、そのままベートーヴェンの作品132にも当てはまります。ベートーヴェンは秘書カール・ホルツへの手紙で「新しい声部の導き方」を作り出したいと書きました。ベートーヴェンは各声部の関係や階層、相互作用について新しい対位法を模索していたのです。作品132はまさにその方向へ進んでいます。霧に包まれたような冒頭から迷宮のような第2楽章まで、四つの楽器は互いにエネルギーを与え合い、影響し合っています。さらに、ノーノの四重奏には作品132からの明確な引用もあります。ベートーヴェンが第3楽章に書いた“mit innigster Empfindung”(「心の底からの感情とともに」)という指示です。ノーノはこれを哲学的な定義のように用いました。つまり、単一の音の内部へと入っていく忍耐を求め、聴くことを瞑想的な体験として扱ったのです。存在そのものへの問いを開く可能性を持つものです。

― ベートーヴェンの後期四重奏の中でこの作品を選んだ理由はなんでしょうか。

この四重奏は哲学的思索を促します。最初のアレグロの前に神秘的なジェスチャーが現れますが、これはノーノの音楽とも共通しています。山にかかる霧のようなイメージ、その中から感情やアイデアが立ち現れるような感覚とでもいうような。そしてこの曲の中心が緩徐楽章にあることは間違いありません。ベートーヴェンが病に苦しみ、死を意識していた頃に書かれており、楽譜には「病から回復した者が神に捧げる感謝の歌」と記されています。この楽章は別世界のような響きを持ちます。調性はより曖昧で、和声の緊張と解放が問い直されます。コラール風の部分はベートーヴェンが書いた最も精神的で独創的なものの一つでしょう。まさに人類と希望のための祈りです。

東京・春・音楽祭2024 ©︎リ・ショウキ(多摩美術大学 統合デザイン/撮影時 4年生)

― 最近ベートーヴェンの後期作品により深く取り組んでおられますが、その魅力は何ですか。

ベートーヴェンの後期四重奏は、いわば錬金術のようなものです。対比、感情、革新、対称性、構造といった要素を共有しつつも、それぞれが異なる形で組み合わされています。ある作品は英雄的な楽章で始まり、別の作品ではモチーフが最後の楽章で再度利用される。変奏曲や神秘的な速い楽章、オペラのような自由さを感じさせる瞬間もあります。それでも、その「公式」は作品ごとに新しく生まれ変わります。それぞれの作品に含まれる多様な音楽的風景を横断していくこと、それは類いまれな喜びをもたらします。ベートーヴェンは後期四重奏によって弦楽四重奏を、そして音楽そのものを刷新しようとしました。音楽がどれほど強烈になり得るかを示したのです。そして、その特別な質を東京の聴衆の皆様と共有できることは、私たちにとって大きな喜びです!

関連公演

ディオティマ弦楽四重奏団

日時・会場

2026年4月11日 [土] 19:00開演(18:30開場)
東京文化会館 小ホール

出演

ディオティマ弦楽四重奏団
 ヴァイオリン:ユン・ペン・ジャオ、レオ・マリリエ
 ヴィオラ:フランク・シュヴァリエ
 チェロ:アレクシ・デシャルム

曲目

ノーノ:断章ー静寂、ディオティマへ
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第15番 イ短調 op.132

料金

全席指定:¥7,500 U-25:¥2,000 ネット席:¥1,500

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