JOURNAL
ハルサイジャーナル
合の子(あいのこ)的な作品

ジョセフ・ランゲによるモーツァルトの肖像画(1782年)
交響曲第35番《ハフナー》といえば、モーツァルトの諸作のなかでも屈指の人気を誇る傑作であるが、実は最初から「交響曲」として作曲されたわけではない。
1782年、ウィーンでフリーランスの音楽家として多忙を極めていたモーツァルトのもとに、ザルツブルクの父レオポルトから「祝典用の音楽を至急、作ってほしい」という手紙が届いた。モーツァルトの幼なじみでもあったジークムント・ハフナー2世が「爵位」を授かることになり、お祝いの儀式で演奏する音楽が必要になったのだ。歌劇《後宮からの誘拐》の初演などに追われていたモーツァルトであったが、父からの矢のような催促を受けて、「えらい速さで書き上げると、1楽章ずつザルツブルクへ送った」という。こうして「行進曲」や二つの「メヌエット」を含む6楽章構成の「セレナード」(第2ハフナー・セレナード)が書かれた。
そして翌83年、モーツァルトがウィーンで自身の予約演奏会を開くことになり、プログラムの目玉となる新しい交響曲が必要になった。そこで彼は、前年にハフナー家のために作曲した「セレナード」のことを思い出し、父に頼んでザルツブルクから楽譜を送り返してもらった。彼は、冒頭に置かれていた「行進曲」(K.385a)と、片方の「メヌエット」を取り除き(この「メヌエット」の楽譜は紛失)、オーケストレーションを一部手直しして、4楽章構成の華やかな交響曲に仕立て直した。これが本公演で演奏される《ハフナー》交響曲である。
ちなみに、通常「ハフナー・セレナード」として知られているのは1776年に書かれたK.250であり、上記の「第2ハフナー・セレナード」とのあいだに(旋律や主題など)音楽的な関連性はない(ただし、依頼主は同じジークムント・ハフナー2世であった)。
さて、《ハフナー》交響曲に関しては、いかにもモーツァルトらしいエピソードが残っている。ザルツブルクから送り返してもらった楽譜を見たモーツァルトは「その音符を一音たりとも覚えていなかった」と驚嘆しつつ告白している。わずか半年前に作曲した「セレナード」の音符を完全に失念していた事実は、モーツァルトが当時、いかに慌ただしく、神がかり的な心理状態で創作していたかを物語っており、(症例としても?)興味深い。なお、作曲時のこうした背景を反映してか、第4楽章プレストには「可能な限り速く」という〝挑戦的〟ともとれる指示が付されている。
最後に、名著『モーツァルト』を著した音楽学者アルフレート・アインシュタインの言葉を引いておこう。
「この曲はやはりセレナーデとしての成立上の刻印を持っており、なにか合の子的な作品である。(……)華美なもの、強調されたものがあって、まるでつねに自分の実用性と実用の機会を指示しているかのようである」
絶対音楽としての「交響曲」と祝賀用の「セレナーデ」の中間に位置する〝両性具有〟的な本作を「合の子」と(冷静に、しかし愛情を持って)評したあたりは、碩学ならではの慧眼と言えよう。
関連公演
東京春祭チェンバー・オーケストラ
日時・会場
2026年3月19日 [木] 19:00開演(18:30開場)
東京文化会館 小ホール
出演
東京春祭チェンバー・オーケストラ
ヴァイオリン:堀 正文、荒井章乃、荒井里桜、伊藤亮太郎、枝並千花、小川響子、北田千尋、外園萌香
ヴィオラ:佐々木 亮、鈴木双葉
チェロ:辻󠄀本 玲、佐藤晴真
コントラバス:池松 宏
フルート:上野由恵
クラリネット:松本健司
ファゴット:宇賀神広宣
ホルン:日橋辰朗 、山岸リオ
トランペット:長谷川智之
ティンパニ:久保昌一
/他
曲目
モーツァルト:
ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調 K.364(ヴァイオリン:堀 正文、ヴィオラ:佐々木 亮)
交響曲 第35番 ニ長調 K.385 《ハフナー》
/他
チケット料金
全席指定:¥6,000 U-25:¥2,000
