JOURNAL

不変の平和への希求

「世の終わりのための四重奏曲 児玉 桃(ピアノ)とヨーロッパの仲間たち」に寄せて

文・笠羽映子

 新約聖書「ヨハネの黙示録」第十章で、「右手を天に上げ」、 「もはや時(邦訳題中の「世」)がない」と誓った天使に捧げられている《世の終わりのための四重奏曲》は、オリヴィエ・メシアン(1908-92)の数少ない室内楽作品であり、作曲家が第二次世界大戦で従軍中に独軍の捕虜となり、シレジエン地方ゲルリッツ(現ポーランド領)の収容所にいた時期に作曲され、1941年1月15日、極寒の同収容所で初演された。初演メンバーは同様に捕虜となっていたH.アコカ(クラリネット)、E.パスキエ(チェロ)、 J.ル・ブーレール(ヴァイオリン)、そしてメシアン(ピアノ)で、チェロには3本の弦しかなく、アップライト・ピアノの鍵も打鍵すると元に戻らない状態だったという――どのようにして切り抜けたのだろう?――。もはや伝説的でもある創作・初演状況はともかく、この作品は、各々小題のついた8つの楽曲からなり、メシアンはなぜ8曲なのかについて、次のように説明している。「7は完全な数字で、6日間の天地創造は安息日によって聖化される。この休息の7は永遠の中で引き延ばされ、衰えることのない光、不変の平和を表す8となる」。

 4楽器の選択(状況が余儀なくさせた選択だったかは別として)、楽曲毎に変化する編成、鳥の歌や精緻に考え抜かれたリズム法を通じた、時間に対する実に独特なアプローチ、色彩豊かな和声法によって、作曲家の創作活動を画する作品、20世紀の室内楽を代表する傑作のひとつであると共に、20世紀後半の欧米に限らず、武満徹を含む日本やアジアにおける音楽創作にとっても重要な位置を占めている。

 クラリネットに鳥の歌が託され、ヴァイオリンがそれに呼応し、チェロとピアノが彩りを添える、調和の取れた天の静けさを想起させるI「清澄な典礼」。II「世の終わりを告げる天使のためのヴォカリーズ」では、劇的な両端部(ここだけクラリネットが加わる)に挟まれたヴォーカリーズ部分が天の妙なる和声を生み出していく。クラリネット独奏によるIII「鳥たちの深淵」は、この世の時間の束縛に対する人間の希求や挑戦の証のようでもある楽曲。3人の捕虜仲間・演奏家のために先立って書かれたIV「間奏曲」に続くV「イエスの永遠性への讃歌」は、6台のオンド・マルトノのための《美しい水の祭典》(1937)からの部分的編曲だが、ピアノで伴奏されるチェロの壮大かつゆっくりと繰り広げられる フレーズが〈御言葉として考えられたイエス〉へと聴き手を導いていく。共にトゥッティで演奏されるリズム=時間の探究が究められるVI「七つのトランペットのための狂熱の踊り」と、和声的な色彩が様々に交錯するVII「世の終わりを告げる天使のための虹の錯綜」を経て、作品は、オルガンのための《二枚屏風》(1930)からの部分的編曲である第二の讃歌:VIII「イエスの不滅性への讃歌」をヴァイオリンとピアノが静かにゆっくりと音域を高めつつ歌い上げて終わる。

(「東京・春・音楽祭2020」公式プログラムより転載)
笠羽映子 Eiko Kasaba

東京藝術大学大学院修了。パリ第4大学博士課程修了(音楽学博士)。早稲田大学教授。近現代西洋音楽専攻。主要研究領域はドビュッシー、ブーレーズなど。




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