JOURNAL

リヒャルト・ワーグナー《パルジファル》〜ストーリーと聴きどころ

文・広瀬大介(音楽学、音楽評論)

作品

《パルジファル》 Parsifal

3幕の「舞台神聖祝典劇」 Bühnenweihfestspiel

作曲:リヒャルト・ワーグナー

台本:作曲者自身による

初演:1882年7月26日、バイロイト祝祭劇場

登場人物

アムフォルタス:聖杯城の城主

ティトゥレル:アムフォルタスの父

グルネマンツ:聖杯守護の老騎士

パルジファル:無垢で愚かな若者

クリングゾル:魔法使い

クンドリ:呪われた妖女

二人の聖杯騎士

四人の小姓

クリングゾルの魔法の乙女たち

天上からの声

その他(聖杯騎士たち、若者と子供たち)

舞台設定

スペイン北部山地。聖杯城「モンサルヴァート」とその周辺。

第1幕 前奏曲

 1876年、バイロイト祝祭劇場が《ニーベルングの指環》でこけら落としを飾ったのち、1882年にこの劇場だけで上演されることを目的として作曲された《パルジファル》。劇場が真っ暗になったあと、どこからともなく、暗闇の中から前奏曲が静かに始まると、バイロイトでこの作品に接することができた、という特別な想いで胸が一杯になる。

 かつてワーグナーは、初演前に予定されたルートヴィヒ二世のための私的な演奏に際し、この前奏曲を「愛 --- 信仰 --- :希望?」と表現した。聖書(コリント人への第一の手紙・13章)に依拠したと思われるこの言葉に従って、ほぼそのまま、三つの部分から成る神秘的な前奏曲の全容を説明できるだろう。

 すなわち、「愛(第1部):愛餐の動機(変イ長調・ハ短調)」、「信仰(第2部):聖杯の動機、信仰の動機(変イ長調、変ハ長調)」、「希望?(第3部):(愛餐の動機から派生した)傷の動機、槍の動機(さまざまな調を経て変イ長調へ)」である。愛餐の儀式によって神秘的な力を宿す聖杯のありようと、その救いをもたらすために払われた犠牲(キリストの姿とアムフォルタスの姿が同時に重なり合う)、そして、やがてもたらされるはずの救済への希望、という一連の流れが音楽で描かれている。

 前奏曲では、これまでにないほど息の長いモティーフによって、時間感覚が可能な限り曖昧にされている。複数の楽器を同時に演奏させることによる(楽器を特定させない)響き、フラット4つで柔らかな印象を与える変イ長調、あらゆる手段を用いて、ワーグナーは神秘的な雰囲気の表出に意を尽くす。

第1幕

 聖杯城モンサルヴァートの王ティトゥレルはすでに病んで久しい。息子アムフォルタスは、妖女クンドリに誘惑され、隙を見せた折に魔法使いクリングゾルに腹を刺され、不治の傷に苦しんでいる。老騎士グルネマンツは小姓たちに、その経緯を説明しつつ(クリングゾルのモティーフなど、経緯が音楽で綿密に「説明」されている)、この状況を打破してくれるのは「清らかなる愚者」である、という託宣の実現を待ち望む。

 やがて、聖なる森に迷い込んだ勇者パルジファルが、聖なる白鳥を射た罪で捕まり、グルネマンツのもとに連れてこられる。話をするうちに、グルネマンツはこの若者こそ、預言にある、アムフォルタスの傷を癒すことのできる「清らかなる愚者」ではないかと直感し、若者を聖杯開帳の儀式へと連れて行く(鐘の音と聖杯の動機、愛餐の動機が組み合わされた場面転換の音楽。転換直前にグルネマンツが言及する「ここでは時間が空間となる」の音楽的表現とも考えられる)

 聖杯城を守護する騎士団は、王しか開帳できない聖杯の魔力によって生かされているが、それによって不死身の力を得てしまい、傷の痛みに永遠に苦しまねばならないアムフォルタスは、開帳を渋り続ける。結局、父王ティトゥレルの懇願に負け、聖杯を開帳し、同時に傷の痛みに苦しむアムフォルタス。儀式の意味を理解できなかったパルジファルは、聖杯城を追い出される。

第2幕

 クリングゾルの城(第1幕で一瞬登場したクリングゾルの動機でたたみかける前奏曲は、禍々しい魔力の象徴ともとれる)。クンドリはその魔法にかけられ、言いなりのままに、城へと攻め寄せるパルジファルを誘惑するよう命じられる。花の乙女たちにちやほやされつつも(男声が支配的なこの作品において、唯一活躍する女声合唱はひときわ華やかに感じられる)、乙女たちを一顧だにしないパルジファルに近づくクンドリ。亡くなったパルジファルの母とみずからを重ね合わせるように誘惑し、口づけるが、その口づけによってパルジファルは突然、奇蹟の力によって叡知を手にし、アムフォルタスの痛みを共有できるようになる。

 手を替え品を替え、クンドリは誘惑を続けるが、パルジファルはそんな様子には目もくれない。慌てたクリングゾルはかつてアムフォルタスを傷つけた槍をパルジファルに投げつけるが、パルジファルはその槍を掴み取り、クリングゾルの魔法を解いて城を廃墟とする(ティンパニのトレモロのみが響きつつ幕が閉じるオペラ作品は、他に類例がないだろう)

第3幕

 クンドリの魔力によって、聖杯城への道をわからなくされたパルジファルだが(前奏曲のゆったりした音楽がその苦難の道程をじっとりと描く)、長い時間をかけてようやくモンサルヴァート城近くの草原へとたどり着き、その場にいたグルネマンツに顛末を物語る。グルネマンツはパルジファルの身体を、魔法が解けたクンドリはその脚を浄める。グルネマンツは「これぞ聖金曜日の奇蹟」と、パルジファルの到着を心から歓び、この場の自然の美しさこそが主の恵みであると教え諭す(独立して演奏されることもある音楽で、晩年のワーグナーがたどり着いた究極の美の境地)

 聖杯城の中へとパルジファルを誘うグルネマンツ。城の中、傷の痛みに耐えかねたアムフォルタスは、騎士たちの懇願をはねのけ、聖杯の開帳を拒み、死なせてくれと叫ぶが、パルジファルは持ち帰った槍でその傷を塞ぐ。騎士団は新しい聖杯王としてパルジファルを推戴し、その最初の勤めとして、パルジファルは新たに聖杯を開帳する。クンドリはその場で息絶え、騎士たちが唱和する「救済者に救済を」という多義的な言葉とともに、第1幕前奏曲の変イ長調が回帰する。




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