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アーティスト・インタビュー〜マレク・ヤノフスキ(指揮)

アーティスト・インタビュー〜マレク・ヤノフスキ(指揮)

“熱狂的なワーグナーファンの方々と東京文化会館で再会できることを心待ちにしています”

(C) Masato Nakamura

————マエストロは2016年と17年にバイロイト音楽祭で《ニーベルングの指環》を指揮されました。この経験がご自身のワーグナーの作品に対する印象や考え方に変化を及ぼすようなことはありましたか?

ヤノフスキ それはありません。私はワーグナーのオペラに常に興味を寄せてきました。その中には共鳴するオペラも、やや距離を感じる作品もありますが、バイロイト音楽祭が自分にとってワーグナーの音楽への意味を変えることはありませんでした。もちろん、あの特殊なオーケストラピットでの仕事、そして祝祭管弦楽団と合唱団との共演は私にとって大きな喜びでしたが。

————マエストロはNHK交響楽団と良好な関係を築いていらっしゃいます。N響に対する率直な印象を教えてください。

ヤノフスキ この楽団の歴史を見ると、かなりの程度ドイツの指揮者たちから影響を受けています。だからこそ、N響はドイツもののレパートリーに対してごく自然で直感的な感覚を持っているのでしょう。私は東京・春・音楽祭のワーグナー・シリーズだけでなく、N響の定期公演をこれまで何度も指揮してきましたが、数年前に共演したベートーヴェンの《英雄》交響曲は、私の長いキャリアの中でもベストの演奏の一つとして記憶に残っています。彼らの音楽的クオリティはきわめて高く、また、ともに理解し合える関係にあります。指揮者は高齢になると当然ながら客演の範囲や頻度を絞っていくものですが、N響に関しては、望まれる限り忠実でいたいという確信があります。この春の久々の共演を楽しみにしているところです。

————《ローエングリン》のオーケストレーションは独自の魅力を持っています。マエストロはこのオペラを指揮する際、オーケストラからどんな響きを引き出したいと考えていますか?

ヤノフスキ ワーグナーのオペラの発展を見ると、《ローエングリン》は同時期の《さまよえるオランダ人》と《タンホイザー》に比べて、彼が築いた新しいオーケストレーションの最初の一歩が見られます。
 私にとって《ローエングリン》が特別なのは、特に歌の扱いに関してイタリア・オペラの歌謡性から大きな影響を受けていることです。ワーグナーはベッリーニを信じられないほど高く評価し、尊敬していました。このイタリア風のカンタービレは、ワーグナーの他のオペラでは見られないものです。オーケストラにはあたたかさが求められ、同時にライトモチーフが聴き取れること、つまり明晰な響きも求められます。これらを得るべくリハーサルに取り組みたいと思います。
 もう一つ、このオペラでは合唱が非常に大きな役割を担います。東京オペラシンガーズとはN響とのベートーヴェン《第九》でも共演したことがありますが、素晴らしい合唱団です。きっと期待に応えてもらえると確信しています。

————このオペラでマエストロが特にお好きな箇所、ドラマ上で重要と思われる箇所を挙げていただけますか。

ヤノフスキ 第2幕のエルザとオルトルートの二重奏です。エルザはオルトルートに信頼を寄せますが、オルトルートはまったく違う考えを持っていることが示されます。ここでのライトモチーフを使った表現がきわめて巧みで、このオペラの鍵となるシーンだと思います。第2幕冒頭のテルラムントとオルトルートの復讐の二重奏では、まだ「普通の」悪ですが、善と悪、正直と偽善が出会うこのシーンは音楽的にもドラマ的にも偉大です。

————コロナ禍で音楽界も大きな打撃を受け、音楽ファンや音楽に関わる多くの人が将来を不安に思っています。マエストロからメッセージをいただけないでしょうか。

ヤノフスキ メッセージは悲観的なものであってはいけませんね。私から何か言葉を贈るとしたら……そうですね、「人間の本性は、人類の歴史の中で常に新しい状況に適応していかなければならなかった。そして実際に適応してきた」ということです。コロナ禍の状況を見ても、世界政治の動向を見ても、私たちはきわめて不穏で大きな転換期にいます。だからといって、ペシミズムに陥るのではなく、未知の状況に身を置いて、新しい解決法を見出さなければならないのだと思います。

————最後に、マエストロが指揮するワーグナーを待ちわびている日本のファンにメッセージをお願いいたします。

ヤノフスキ 2014年から17年までの《ニーベルングの指環》のチクルスの後、《トリスタンとイゾルデ》と《パルジファル》がコロナ禍の影響で中止になってしまったのは残念でしたが、この春《ローエングリン》を指揮できる機会をとても嬉しく思っています。熱狂的なワーグナーファンの方々と東京文化会館で再会できることを心待ちにしていると同時に、その期待を裏切ることのないようすべてを尽くすつもりです。

(取材・構成・写真:中村真人)




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